第122話、酒中別人
文字数 6,376文字
攻めるも
両軍は悪戦苦闘のままたがいに譲らず、はや幾月かを過していた。
劉備がたずねた。答える者は、龐統。孔明に代って従ってきた
使者は、成都へ向って行った。
途中、
「劉備の部下らしく、小旗を持った荊州の使者が、今これへかかって来ます。通しますか、拒みますか」
と、蜀の二将、
山中の退屈まぎれに、二人は碁を囲んでいたが、劉備と聞くと、すぐ
と、番兵を戒め、何か、首をよせて、相談していた。
成都におもむく使者は、劉備の書簡を、関門役人に内示した。見せなければ通さん、というのでぜひなく証拠として示したのである。高沛と楊懐は陰で読んでしまった。
ゆるされて、書簡も返されたが、大将楊懐が兵をつれて、
と、ついて来た。
いまや蜀の内部には、反劉備気勢がたかまっていた。楊懐もそのひとりで、早速、劉璋の前へ出て、こう進言した。
劉璋は相かわらず煮えきらない顔いろである。恩義もあるし、同宗の
居合せた
と、口をすっぱくして
こう重臣のすべてが反対では劉璋もそれに従わざるを得ない。
しかしただ断るのもわるいというので、戦線には用いられないような老朽の兵ばかり四千人と穀物一万石、それに廃物にひとしい武具馬具などを車輛に積んで、使者と共に、劉備へ送りとどけた。
劉備はその冷淡に怒った。
彼が怒ったのはめずらしい。
劉璋の返簡を、使いの前で裂き捨てて見せた。
輸送に当ってきた奉行はほうほうの態で成都へ帰った。
そのあとで、
日を経て、成都の劉璋の手許へ、劉備の一書がとどいた。それには、呉境の戦乱がいよいよ拡大して来たことを告げ、荊州の危急はいま
劉璋はかなしんだ。
しかし、反劉備勢力は、ひそかに胸で
ひとり悶えたのは、
邸に帰ると、張松は、筆をとって、劉備へ激励の文を書いた。折角、ここまで大事をすすめながらいま荊州へ引揚げては、百事水泡に帰すではないか。何ぞ一鞭して、あなたはこの成都へやって来ないか。実に遺憾だ。成都の同志は首を長くしてあなたの兵馬を待っているものを。
そう書いているところへ「お客さまです」と、家人が告げにきた。
張松はあわてて手紙を
張松も思わず酒をすごした。兄はなかなか帰らない。
翌る日、市街の辻に、首斬りが行われた。みな張松の一家であった。罪状書の高札には、売国奴たる大罪が箇条書してある。直訴人はその兄だったと街のうわさは
と、使いをやって開門を促しておいた。
と、ここでは二人が手に唾して夜の明けるのを待っていた。
翌る日、劉備は大行軍の中にあって、
関門の
楽を奏しながら、
真先に来た大将がいった。
「今日、荊州へご帰還あるという
龐統が出て挨拶した。
と、おびただしい酒の
一行はそこに幕舎を張って、酒の瓶を開き、山野の風物に一息いれながら、杯を傾けて休息していた。そこへ高沛と楊懐が、兵三百を供につれて、
と、素知らぬ顔をもって陣中見舞に訪れた。
迎え入れて、幕舎の酒宴は賑わった。――劉備が常に似合わずよく飲むので、龐統は心配していたが、そのあいだに、かねて云い含めておいた通り、
そして引返すと二人は幕の陰からおどり出て、
と、不意に、
楊懐が、
と、突きつけると、
と、屈せずにいう。
関平、劉封は共に腰なる長剣を抜いて、
と、幕外へひき出して、有無をいわせず、二つの首を落してしまった。
龐統が小声に何かささやくと、劉備はうなずいて、妙案妙案と呟いた。
日の暮るるまで、幕舎のまわりでは、歌曲の声が湧き、時々歓声があがり、酒宴はやまずに続いているような態であった。
一
先頭には、捕虜の関門兵三百を立たせていた。この者どもはもう完全に寝返って、龐統の
「楊将軍、高将軍のお戻りであるぞ。開門開門」
昼間の出来事は何も知らない関門の蜀兵は、声に応じて、
「おうっ」
と、
「すすめっ」
劉備は直ちに、諸軍をわけて要害の部署につかせ、
と、
山谷のどよめく中に、
劉備も昼から酒に親しんでいたので、夜半から暁にかけて、幕僚の将を会して杯をかさねると、泥のように酔ってしまった。
大きな酒瓶にもたれて、彼は前後も知らず眠り始めた。ふと、眼をさましてみると、龐統はまだ独り残って痛飲している。
龐統は笑って、
と、龐統は例のひしげた鼻に皮肉な
劉備は酔後の顔を逆さまになであげられたような気がしたのだろう。むっとして色をなしてすぐ云った。
龐統は恐れをなして、
大睡の後、眼をさまして、衣を着かえていると、近侍の者から、
「今朝ほどは、大へんなご剣幕で、さすがの龐統も、
と、酔態を語られて、
と劉備は急に、衣を正して、龐統をよんだ。そして辞を低うして、
といった。
龐統は耳のない人間みたいに黙っていた。
まるで覚えていなかった。愉快に飲んでいた記憶はうっすらあるが、主君に謝られるようなことを言われた記憶は無い。ひょっとして、自分は、温厚な劉備を怒らせるような、何か失礼なことを言ったのかも知れないと、必死に思い返したが、やはり何も思い出せなかった。
劉備が重ねて詫びると、龐統は口を開き、
と、朗らかに笑った。
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