第38話、呂布と王允
文字数 4,025文字
大奸を
「このままではすむまい」
「どうなることか」と、
呂布は、云った。
王允が命じると、
李粛は答えるや否、兵をひいて、丞相府へ馳せ向った。
すると、その門へ入らぬうちに、丞相府の内から、一団の武士に囲まれて、悲鳴をあげながら、引きずり出されて来るあわれな男があった。
見ると、李儒だった。
丞相府の
と、訴えた。
李粛は、なんの労もなく、李儒を
李儒は、王允の前で、うなだれた様子であったが、突然笑いだし、
王允は、直ちに、李儒の首を
と、それを刑吏へ下げた。
それから、
すると、声に応じて、
と、真っ先に立った者がある。
呂布であった。
「呂布ならば」と、誰も皆、心にゆるしたが、王允は、李粛、
郿塢には、
「董太師には、禁廷において、無残な最期を遂げられた」
との飛報を聞くと、愕然、騒ぎだして、都の討手が着かないうちに、総勢、
呂布は、第一番に、郿塢の城中へ乗込んだ。
彼は、何者にも目をくれなかった。
ひたむきに、奥へ走った。
そして、秘園の帳内を覗きまわって、
と、彼女のすがたを血眼で捜し求めた。
貂蝉は、後堂の一室に、黙然とたたずんでいた。呂布は、走りよって、
と、固く抱擁した。
呂布は彼女の体を引っ抱えて、後堂から走り出した。城内にはもう皇甫嵩や李粛の兵がなだれ入って、
金銀珠玉や穀倉やその他の財物に目を奪われている味方の人間どもが、呂布には馬鹿に見えた。
彼は、貂蝉をしかと抱いて、乱軍の中を馳け出し、自分の
と、厳命した。
董卓の老母で今年九十幾歳という
「
わずか半日のまに、
それから金蔵を開いてみると、十庫の内に黄金二十三万斤、白銀八十九万斤が蓄えられてあった。また、そのほかの庫内からも
王允は、長安から命を下して、
と、いいつけた。
また、穀倉の処分は、
と、命令した。
その
長安の民は賑わった。
董卓が殺されてからは、天の
「これから世の中がよくなろう」
彼らは、他愛なく歓び合った。
城内、城外の百姓町人は、老いも若きも、男も女も祭日のように、酒の瓶を開き、餅を作り
「平和が来た」
「善政がやって来よう」
「これから夜も安く眠られる」
そんな意味の
すると彼らは、街頭に
「董卓だ董卓だ」と、騒いだ。
「きょうまで、おれ達を苦しめた張本人」
「あら憎や」
首は足から足へ蹴とばされ、また首のない
生前、人いちばい肥満していた董卓なので、
また。
董卓の弟の
こうして、ひとまず
するとそこへ、一人の吏が、
「何者か、董卓の腐った屍を抱いて、街路に嘆いている者があるそうです」
と、告げて来たので、すぐ引っ捕えよと命じると、やがて縛られて来たのは、
蔡邕は、忠孝両全の士で、また曠世の逸才といわれる学者だった。だが、彼もただ一つ大きな過ちをした。それは董卓を主人に持ったことである。
人々は、彼の人物を惜しんだが、王允は獄に下して、
都堂の祝宴にも、ただひとり顔を見せなかった大将がある。
「
長安の市民が七日七夜も踊り狂い、酒壺を叩いて、董卓の死を祝している時、彼は、門を閉じて、ひとり
それは、わが家の後園を、狂気のごとく
そして、小閣の内へかくれると、そこに横たえてある貂蝉の冷たい体を抱きあげてはまた、「なぜ死んだ」と、頬ずりした。
貂蝉は、答えもせぬ。
彼女は、
と、帰って来た呂布は、それまでの夢を打破られてしまった。
貂蝉の自殺が、
彼には解けなかった。
と思い迷った。
貂蝉は、何事も語らない。
だが、その死顔には、なんの心残りもないようであった。
――すべきことを為しとげた。
微笑の影すら
彼女の肉体は獣王の
最後に誰の名をつぶやいたのであろうか。
呂布には何もわからなかった。
王允は貂蝉が自死したと呂布から聞き涙を流した。
頬はこけ、目にはくまができていた。呂布は憔悴しきった様子であった。
「己が、将軍にふさわしい女ではないと、思ったのではないでしょうか。己が殺させたと、将軍に董卓殺しの罪を背負わせてしまったと、己が生きている限り、そのそしりを将軍が受けることになる。そう、思い詰めてしまったのでしょう。少しでも、将軍の重荷を取り除こうと、将軍のため自ら命を絶ったのではないでしょうか」
呂布は声を上げて泣き散らした。
もし貂蝉が生きていれば、必ず、事の黒幕を探る者があらわれるだろう。それはすぐにわかる。王允が、呂布と董卓、二人の仲を裂くために貂蝉を送り込んだ。それは呂布の耳にも必ず入る。だまされたと気づいた呂布はどうするだろうか。怒り狂い、王允に刃を向けるかもしれない。
貂蝉が董卓と呂布の仲を裂いた事と同じように、今度は、王允と呂布の仲を貂蝉が裂いてしまうのだ。
貂蝉はそれを恐れ、自ら命を絶つことによって、すべてを闇に葬り去ろうとしたのだ。
王允は貂蝉の思いを感じ、涙を流した。
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