第41話、陳宮と呂布

文字数 10,456文字

 呂布がどうして、曹操の空巣をねらってその本拠地へ攻めこんできたのであろうか。

 少し過去へとさかのぼる。



 李傕(りかく)郭汜(かくし)などの一味に、中央の大権を握られ、長安を去った彼は、一時、袁術(えんじゅつ)の所へ身を寄せていたが、その後また、諸州を漂泊して陳留の張邈(ちょうばく)を頼り、久しくそこに足を留めていた。

 すると一日(あるひ)、彼が閣外の庭先から馬を寄せて、城外へ遊びに出かけようとしていると、

「ああ、近頃は天下の名馬も、無駄に肥えておりますな」


 呂布の顔の側へきて、わざと皮肉に呟いた男があった。


 ――変なことをいう奴だ。

 呂布は()さん臭い顔して、その男の風采(ふうさい)を黙って見つめていた。

 それは、陳宮(ちんきゅう)であった。

 先頃、陶謙に頼まれて、曹操の侵略を諫止(かんし)せんと、説客(せっきゃく)におもむいたが、かえって曹操に一蹴されて不成功に終ったのを恥じて、徐州に帰らず、何か策は無いかと、この張邈(ちょうばく)の許へ隠れていた彼だった。


「なんで吾輩の馬が、いたずらに肥えていると嘆くのか。よけいなおせっかいではないか」


 呂布がいうと、


「いや、もったいないと申したのです」
 と、陳宮はいい直して、
「馬は天下の名駿(めいしゅん)赤兎馬(せきとば)、飼い人は、三歳の児童もその名を知らぬはない英傑であられるのに、碌々(ろくろく)として、他家に身を寄せ、この天下分崩(ぶんほう)、群雄の競い立っている日を、空しく鞭を遊ばせているのは、実に惜しいことだと思ったのです」

「そういう君は一体誰だ」


「陳宮という無名の浪人です」


「陳宮? ……。では以前、中牟県(ちゅうぼうけん)の関門を守り、曹操が都落ちをした時、彼を助けるため、官を捨てて(はし)った県令ではないのか」


「そうです」


「いや、それはお見それした。だが、君は吾輩に今、謎みたいなことをいわれたが、どういう真意なのか」


「将軍は、この名馬をひいて、生涯、食客や遊歴に甘んじているおつもりか。それを先に聞きましょう」


「そんなことはない。吾輩にだって志はあるが(とき)()あらずで」


「時は眼前に来ているではありませんか。――今、曹操は徐州攻略に出征して、兗州(えんしゅう)にわずかな留守がいるのみです。この際、兗州を電撃すれば、無人の野を収める如く、一躍尨大(ぼうだい)な領土が将軍のものになりましょう」


 呂布の顔色に血がさした。


「あっ、そうか。よく云ってくれた。君の一言は、吾輩の懶惰(らんだ)をよく()ましてくれた。やろう!」


 それからのことである。

 虚を衝いて兗州へ侵入した呂布の手勢は、曹操の本拠地を占領してから、さらに、勢いにのって、濮陽(ぼくよう)方面(河北省・開州)にまで兵乱をひろげていた。


      ×     ×     ×


「不覚!」


 曹操は、唇を噛んだ。

 われながら不覚だったと悔いたがもう遅い。彼は、徐州攻略の陣中で、その早打ちを受けとると、


「どうしたものか」

 と、進退きわまったものの如く、一時は茫然(ぼうぜん)自失した。

 けれど、彼の頭脳は、元来が非常に明敏であった。一時の当惑から脱すると、すぐ鋭い機智が働いて、常の顔いろに返った。

「最前、城内からの劉備玄徳の使者は、まだ斬りはしまいな。――斬ってはならんぞ。急いでこれへ連れて来い」


 それから彼は、劉備の使いに、


「深く考えるに、貴書の趣には、一理がある。仰せにまかせて、曹操はいさぎよく撤兵を断行する。――よろしく伝えてくれい」


 と、(てのひら)を返すように告げて、使者を鄭重(ていちょう)に城中へ送り帰し、同時に洪水の退()くように、即時、兗州へ引揚げてしまった。

 偶然だが、劉備の一文がよくこの奇効を奏したので、城兵の随喜(ずいき)はいうまでもなく、老太守の陶謙はふたたび、


「ぜひ自分に代って、徐州侯の(ほう)を受けてもらいたい、自分には子もあるが、柔弱者で、国家の重任にたえないから――」
 と、劉備へ、国譲りを迫った。
「いえ、私は何も、曹操が自滅しただけでしょう」

 と、劉備は、なんとしても()き入れなかった。そしてわずかに近郷の小沛(しょうはい)という一村を受けて、ひとまず城門を出、そこに兵を養いながら、なおよそながら徐州の地を守っていた。


 快鞭(かいべん)一打――

 曹操は、大軍をひっさげて、国元へ引っ返した。

 彼は、難局に立てば立つほど、壮烈な意気にいよいよ強靱(きょうじん)を加える(たち)だった。


「呂布、何者(なにもの)


 とばかり、すでに相手をのんでいた。奪われた兗州(えんしゅう)を奪回するに、何の日時を(つい)やそうぞと、手に(つば)して向っていった。

 軍を二つに分け、旗下の曹仁をして兗州を囲ませ、自身は濮陽(ぼくよう)へ突進した。敵の呂布は、濮陽を占領して、そこの州城にいると見たからである。

 濮陽に迫ると、


「休め」

 と、彼は兵馬にひと息つかせ、真ッ紅な夕陽が西に沈むまで、動かなかった。

 その前に、旗下の曹仁が、彼に向って注意した言葉を、彼はふと胸に思い出した。

 それは、こういうことだった。


「呂布の大勇にはこの近国で誰あって当る者はありません。それに近頃彼の側には例の陳宮が付き従っているし、その下には文遠(ぶんえん)宣高(せんこう)郝萌(かくほう)などとよぶ猛将が手下に加わっておるそうです。よくよくお心をつけて向わぬと、意外に(ほぞ)を噛むやも知れませんぞ――」


 曹操は、その言葉を今、胸に反復してみても、格別、恐怖をおぼえなかった。呂布に勇猛あるかも知れぬが、彼には智慮がない。策士陳宮の如きは、たかの知れた素浪人、しかも自分を裏切り去った卑怯者、目にもの見せてやろうと考えるだけであった。

 一方。

 呂布は、曹操の襲来を知って、藤県(とうけん)から泰山(たいざん)の難路をこえて引っ返して来た。彼もまた、


「曹操、何かあらん」

 という意気で、陳宮の諫めも用いず、総軍五百余騎をもって対峙(たいじ)した。

 曹操の炯眼(けいがん)では、

「彼の西の(とりで)こそ手薄だな」

 と見た。

 で、暗夜に山路を越え、李典(りてん)曹洪(そうこう)于禁(うきん)典韋(てんい)などを従えて、不意に攻めこんだ。

 呂布はその日正面の野戦で曹操の軍をさんざんに破っていたので、勝戦(かちいくさ)(おご)り、陳宮が、

「西の(とりで)が危険です」

 と、注意したにもかかわらず、そう気にもかけず眠っていた。

 陳宮は西の寨を早々とあきらめ、寨に敵が攻めてきたら逃げるように指示し、その周辺に兵を伏せておいた。

 西の寨はたちまちに陥落して曹操の兵が旗を立てた。

 濮陽城(ぼくようじょう)で眠っていた呂布は、はね起き、

「寨は我一人でも奪回して見せん。汝ら入りこんだ敵の奴ばらを、一匹も生かして帰すな」

 と、指揮に当ると、彼の麾下(きか)はまたたくまに、秩序をとりかえし、()を鳴らして西の寨を攻め立てた。陳宮も伏せておいた兵に攻撃を命じた。

 山間の嶮をこえて深く入り込んだ奇襲の兵は、もとより大軍でないし、地の理にも(くら)かった。一度、占領した寨は、かえって曹操らの危地になった。

 乱軍のうちに、夜は白みかけている。身辺を見るとたのむ味方もあらかた散ったり討死している。曹操は死地にあることを知って、


「しまった」

 にわかに寨を捨てて逃げ出した。

 そして南へ馳けて行くと、南方の野も一面の敵。東へ逃げのびんとすれば、東方の森林も敵兵で充満している。


「いよいよいかん」


 彼の馬首は、行くに迷った。ふたたびゆうべ越えて来た北方の山地へ(はし)るしかなかった。


「すわや、曹操があれに落ちて行くぞ」


 と、呂布軍は追跡して来た。もちろん、呂布もその中にいるだろう。

 曹操は、鞭も折れんばかり馬腹を打って来た。するとまたもや前面にむらがっていた敵影の中から、カンカンカンカンと梆子(ほうし)の音が高く鳴ったと思うと、曹操の身一つを(まと)に、八方から疾風のように()が飛んで来た。


「誰か味方はいないか!」

 さすがの曹操も、思わず悲鳴をあげながら、身に集まる箭を切り払っていた。


 ――時に、彼方から誰やらん、おうっ――と吠えるような声がした。

 見れば、左右の手に、重さ八十斤もあろうかと見える(ほこ)をひっさげ、敵の真っただ中を斬り開いて馳せつけて来る者がある。馬も人も、朱血(あけ)を浴びて、焔が飛んで来るようだった。


「ご主君、ご主君っ、馬をお降りあれ。地へ這いつくばり、しばらく敵の矢をおしのぎあれ」


 矢攻めの中に立ち往生している曹操へ向って、彼は近よるなり大声で注意した。

 誰かと思えば、これなん先ごろ召抱えたばかりの悪来(あくらい)――かの典韋(てんい)であった。


「おお、悪来か」


 曹操は急いで馬を跳び下り、彼のいう通り地へ這った。

 悪来も馬を降りた。両手の戟を風車のように揮って矢を払った。そして敵軍に向って濶歩しながら、


「そんなヘロヘロ矢がこの悪来の身に立ってたまるか」


 と、豪語した。


「小癪なやつ。打殺せ」


 五十騎ほどの敵が一かたまりになって馳けて来た。

 悪来は善く戦い、彼の戟はもう(のこぎり)のようになっていたので、放り捨て、そこらに落ちている槍を手に取り、拾えるだけ拾い従者に持たせた。曹操の方を振向いて、


「――逃げ散りました。今のうちです。さあおいでなさい」


 彼は、徒歩(かち)のまま、曹操の(くつわ)をとって、また馳け出した。二、三の従者もそれにつづいた。

 けれど矢の雨はなお、主従を目がけて(そそ)いで来た。悪来は、兜の(しころ)を傾けてその下へ首を突っ込みながら、真っ先に突き進んでいたが、またも一団の敵が近づいて来るのを見て、


「おいっ、士卒」
 と、後ろへどなった。

「――おれは、こうしているから、敵のやつが、十歩の前まで近づいたら声をかけろ」


 と命じた。

 そして、自身は従者に持たせていた槍を数本握りしめ、矢唸(やうな)りの流れる中に立って、眠り(がも)のように、顔へ(しころ)をかざしていた。


「十歩ですっ」

 と、後ろで彼の従者が教えた。

 とたんに、悪来は、


「くらえ!」

 と、手に握っていた槍の一本をひゅっと投げた。

 われこそと躍り寄って来た敵の一騎に槍が突き刺さり、どうっと、鞍からもんどり打って転げ落ちた。


「――十歩ですっ」

 また、後ろで聞えた。


「おうっ」


 と、槍が宙を切って行く。

 敵の騎馬武者が見事に落ちる。


「十歩っ」


 槍はすぐ飛魚の光を見せて(うな)ってゆく――

 そうして、槍を補給しながら、十騎ほどの敵を突き殺せば、怖れをなしたか、土煙の中に馬の尻を見せて逃げ散った。


「笑止なやつらだ」

 悪来はふたたび曹操の馬の(くつわ)をとって、味方を探し山を進んだ。そして敵の武器によって敵をなで斬りにしながら、ようやく山の麓まで来ると、旗下の夏侯惇(かこうじゅん)が数十騎をつれて逃げのびて来たのに出会った。味方の手負いと討死は、全軍の半分以上にものぼった。――惨憺たる敗戦である。いや曹操の生命が保たれたのはむしろ奇蹟といってよかった。


「そちがいなかったら、千に一つもわが生命はなかったろう」


 曹操は、悪来へ云った。――夜に入って大雨となった。越えてゆく山嶮は滝津瀬(たきつせ)にも似ていた。

 帰ってから悪来の典韋(てんい)は、この日の功によって、領軍都尉(りょうぐんとい)に昇級された。


 ここ呂布は連戦連勝だ。

 失意の漂泊(さすらい)をつづけていた一介の浪人は、またたちまち濮陽城(ぼくようじょう)(あるじ)だった。先に曹操を思うさま痛めつけて、城兵の士気はいやが上にも(たか)まっていた。


「この土地に、田氏(でんし)という旧家があります。ごぞんじですか」


 謀士の陳宮が、唐突に云い出したことである。呂布も近頃は、彼の智謀を大いに重んじていたので、また何か策があるかと、


「田氏か。あれは有名な富豪だろう。召使っている僮僕(どうぼく)も数百人に及ぶと聞いているが」


「そうです。その田氏をひそかにお召しなさいまし」


「軍用金を命じるのか」


「いいえ、領下の富豪から金をしぼり取るなんていうことは、自分の蓄えを気短かに喰ってしまうようなものです。大事さえ成れば、黄金財宝は、争って先方がご城門へ運んで来ましょう」


「では、田氏をよびつけて何をさせるのか」


「曹操の一命を取るのです」


 陳宮は、声をひそめて、なにかひそひそと呂布に説明していた。

 それから数日後。

 ひとりの百姓が、竹竿の先に(とり)の蒸したのを(つと)にくるみ、それを縛って、肩にかつぎながら、寄手の曹操の陣門近くをうろついていた。

胡散(うさん)な奴」と、捕えてみると、百姓は、

「これを大将に献じたい」と、伏し拝んでいう。

「密偵だろう」

 と、有無をいわさず、曹操の前へ引っぱって来た。すると百姓は態度を変えて、

「人を払って下さい、いかにも私は密使です。けれど、あなたの不為になる使いではありません」

 と、いった。

 近臣だけを残して、士卒たちを遠ざけた。百姓は、鶏の(つと)を刺していた竹の(ふし)を割って、中から一片の密書を出して曹操の手へ捧げた。

 見ると、城中第一の旧家で富豪という聞えのある田氏の書面だった。呂布の暴虐に対する城中の民の恨みが綿々と書いてある。こんな人物に城主になられては、わたくし達は他国へ逃散(ちょうさん)するしかないとも(しる)してある。

 そして、密書の要点に入って、

(――今、濮陽城(ぼくようじょう)は留守の兵しかいません。呂布は黎陽(れいよう)へ行っているからです。即刻、閣下の軍をお進め下さい。わたくしどもは機を計って内応し、城中から攪乱(かくらん)します。義の一字を大きく書いた白旗を城壁のうえに立てますから、それを合図に、一挙に濮陽の兵を殲滅(せんめつ)なさるように(いの)る――機はまさに今です)と、ある。

 曹操は、破顔してよろこんだ。


「天、われに先頃の雪辱をなさしめ給う。濮陽はもう掌のうちの物だ!」


 使いを(ねぎら)って、承諾の返辞を持たせ帰した。


「危険ですな」

 策士の劉曄(りゅうよう)がいった。


「念のため、軍を三分して、一隊だけ先へ進めてごらんなさい。呂布は無才な男ですが、陳宮には油断はできません」


 曹操も、その意見を可として、三段に軍を立てて、徐々と敵の城下まで肉薄して行った。


「オオ、見える」


 曹操はほくそ笑んだ。

 果たせるかな、大小の敵の旌旗(せいき)が吹きなびいている城壁上の一角――西門の上あたりに一(りゅう)の白い大旗がひるがえっていた。手をかざして見るまでもなく、その旗には明らかに「義」の一字が大書してあった。


「もはや事の半ばは成就したも同じだ」


 曹操は左右へいって、


「――だが、夜に入るまでは、息つきの小競(こぜ)り合いに止めておいて敵が誘うとも深入りはするな」


 と、(いまし)めた。

 城下の商戸はみな戸を閉ざし、市民はみな逃げ去って、町は昼ながら夜半のようだった。曹操の軍馬はそこ此処に(たむろ)して、食物や飲水を求めたり、夜の総攻撃の準備をしていた。

 果たして、城兵は奇襲して来た。辻々で少数の兵が衝突して、一進一退をくり返しているうちに陽はやがて、とっぷり暮れて来た。

 薄暮のどさくさまぎれにひとりの百姓が曹操のいる本陣へ走りこんできた。捕えて詰問すると、

「田氏から使いです」と密書を示していう。

 曹操は聞くとすぐ取寄せてひらいてみた。紛れもない田氏の筆蹟である。



初更(しょこう)の星、燦々(さんさん)の頃

城上に銅鑼(どら)鳴るあらん

機、逸し給うなかれ、(すなわ)ち前進。

衆民、貴軍の蹄戛(ていかつ)を待つや久し

鉄扉(てっぴ)、直ちに内より開かれ

全城を挙げて閣下に献ぜん


「よしっ。機は熟した」


 曹操は、密書の示す策によって、すぐ総攻撃の配置にかかった。

 夏侯惇(かこうじゅん)曹仁(そうじん)の二隊は、城下の門に停めておいて、先鋒には夏侯淵(かこうえん)李典(りてん)、楽進と押しすすめ、中軍に典韋(てんい)らの四将をもって囲み、自身はその真ん中に大将旗を立てて指揮に当り、重厚な陣形を作って徐々と内城の大手へ迫った。

 しかし李典は、城内の空気に、なにか変な静寂を感じたので、


「一応、われわれが、城門へぶつかって、小当りに探ってみますから、御大将には、暫時、進軍をお待ちください」

 と、忠言してみた。

 曹操は気に入らない顔をして、

「勝機というものは機をはずしては、一瞬勝ち目を失うものだ。田氏の合図に手違いをさせたら、全線が狂ってしまう」


 といって()き入れないのみか、なお(はや)って自身、真っ先に馬を進めだした。

 月はまだ昇らないが満天の星は宵ながら繚乱(りょうらん)(きら)めいていた。たッたッたッたッ――と曹操に馳けつづく軍馬の蹄が城門に近づいたかと思うと、西門あたりに当って、陰々と法螺貝(ほらがい)の音が尾をひいて長く鳴った。


「やっ、なんだっ」


 寄手の諸将はためらい合ったが、曹操はもう(ほり)吊橋(つりばし)を騎馬で馳け渡りながら、


「田氏の合図だっ。何をためらっているか。この機に突っこめっ――」

 と、振向いてどなった。

 とたんに、正面の城門は、内側から八文字に開け放されていた。――さては、田氏の密書に嘘はなかったかと、諸将も勢いこんで、どっと門内へなだれ入った。

 ――が、とたんに、

「わあっ……」


 と、闇の中で、喊声(かんせい)があがった。敵か味方か分らなかったし、もう怒濤(どとう)のように突貫の行き足がついているので、にわかに、馬を止めて見返してもいられなかった。

 すると、どこからともなく、石の雨が降って来た。石垣の陰や、州の政庁の建物などの陰から、同時に無数の松明(たいまつ)が光りかがやき、その数は何千か知れなかった。


「や、や、やっ?」


 疑う間に投げ松明だ。軍馬の上に、大地に、兜に、袖に、火の雨がそそがれ出したのである。曹操は仰天して、


「いかんっ。――敵の謀計にひッかかった。退却しろ」


 と、声をかぎりに後ろへ叫んだ。


 彼につづいて突入してきた全軍は、たちまち混乱に墜ちた。奔馬と奔馬、兵と兵が、方向を失って渦巻くところへなお、

「どうしたっ?」

「早く出ろ」と、後続の隊は、後から後からと押して来た。

「退却だっ」

「退くのだっ」

 混乱は容易に救われそうもない。

 石の雨や投げ松明の雨がやんだと思うと、城内の四門がいちどに口を開いて、中から呂布の軍勢が、


「寄手の奴らを一人も生かして帰すな」

 と、東西から挟撃(きょうげき)した。

 度を失った曹操の兵は、網の中の魚みたいに意気地もなく殲滅(せんめつ)された。討たれる者、生捕られる者数知れなかった。

 さすがの曹操も狼狽して、

「不覚不覚」

 と憤然、唇を噛みながら、一時北門から逃げ退こうとしたが、そこにも敵軍が充満していた。南門へ出ようとすれば南門は火の海だった。西門へ(はし)ろうとすれば、西門の両側から伏兵が現れてわれがちに(わめ)きかかってくる。


「ご主君ご主君。血路はここに開きました。早く早く」


 彼を呼んだのは悪来の典韋であった。典韋は、歯をかみ(まなこ)をいからして、むらがる敵を蹴ちらし、曹操のために吊橋(つりばし)の道を斬り開いた。

 曹操は、征矢(そや)の如く駆けぬけて城下の町へ走り、悪来と共に、辻々で血路を斬り開き、東の街道に出る城外の門まで逃げてきた。


「やあ、ここも出られぬ!」
 街道口の城門は、今、さかんに焼けていた。長い城壁は一連の炎の(とい)となって、火熱は天地も焦がすばかりである。

「どうッ。どうッ。どうッ……」


 熱風を恐れて馬は狂いに狂う。鞍つぼにも、兜へも、パラパラと火の粉は降りかかる。

 曹操は、絶望的な声で、


「悪来。戻るより外はあるまい」

 と、後ろを見て云った。盛んに敵兵の声が聞こえた。

 悪来は、火よりも赤い顔に、(まなじり)を裂いて睨んでいたが、

「敵兵がこちらに集まってきています。引っ返す道はありません。ここの門が幽明(ゆうめい)(さかい)です。てまえが先に馳け抜けて通りますから、すぐ後からお続きなさい」


 門は一面焔につつまれている。城壁の上には、沢山な(たきぎ)や柴に火が移っている。まさに地獄の門だ。その下を馳け抜けるなどは、九死に一生を賭す芸当より危険にちがいない。

 しかし、活路はここしかない。

 悪来の乗っている馬の尻に、びゅんッと凄い音がした。彼の姿はとたんに馬もろとも、火焔の洞門を突破して行った――と見るや否、曹操も、(ほこ)をもって火塵を払いながら、どっと焔の中へ馳けこんだ。

 一瞬に、呼吸がつまった。

 眉も、耳の穴の毛までも、焼け縮れたかと思われた時は、曹操の胸がもう一歩で、楼門の向う側へ馳け抜けるところだった。

 ――が、その刹那。

 楼上の一角が、焼け落ちて来たのである。何たる惨! 火に包まれた巨大な(はり)が、そこから電光の如く落下してきた。そしてちょうど曹操の乗った馬の尻をうったので、馬は脚をくじいて地にたおれ、ほうり出された曹操の体のほうへ、その梁はまたぐわらっと転がって来た。


「――あっ」


 曹操は、仰向けにたおれながら、手をもってその火の(はり)を受けた。――当然、()(ひじ)も、大火傷(おおやけど)をした。自分の体じゅうから、()げくさい煙が立ちのぼった。


「……ウウム!」

 彼は手脚を突っ張ってそり返ったまま焔の下に、気を失ってしまった。

 しきりと自分を呼ぶ者がある。――どれくらい時が経っていたか、とにかくかすかに意識づいた時は、彼は、何者かの馬上に引っ抱えられていた。


「悪来か。悪来か」


「そうです。もうご安心なさい。ようやく敵地も遠くなりましたから」


「わしは、助かったのか」


「お生命(いのち)はたしかです。お怪我も火傷(やけど)の程度だから、癒るにきまっています」


「そうか」

「後から馳け続いて来るのは、味方の夏侯淵(かこうえん)ですから、ご心配には及びませんぞ」


「……そうか」


 曹操は再び意識を失った。

 夜は白々と明けた。

 将も兵もちりぢりばらばらに味方の(とりで)へ帰って来た。どの顔も、どの姿も、惨憺たる敗北の血と泥にまみれている。

 しかも、生きて還ったのは、全軍の半分にも足らなかったのである。

 そこへ、悪来と夏侯淵(かこうえん)に扶けられた曹操が、馬の鞍に抱えられて帰ってきたので、全軍の士気は墓場のように銷沈(しょうちん)してしまい、滅失(めっしつ)の色深い陣営は、旗さえ朝露重たげにうなだれていた。

「何。将軍が戦傷なされたと?」

「ご重傷か」

「どんなご容体か」

 聞き伝えた幕僚の将校たちは、曹操の抱えこまれた陣幕の内へ、どやどやと群れ寄ってきた。

「しッ……」

「静かに」

 と、中の者に制されて、なにかぎょっとしたものを胸に受けながら、将校たちは急に厳粛な無言を守り合っていた。

 手当てに来ていた典医がそっと戻って行った。典医の顔も憂色に満ちている。それを見ただけで、幕僚たちは胸が迫ってきた。

 ――すると、突然(とばり)のうちで、


「わははは、あははは」


 曹操の笑う声がした。

 しかも、平常よりも快活な声だ。

 驚いて一同、彼の横臥している周りを取巻いて、その容体をのぞきこんだ。

 右の肱から肩、太股(ふともも)まで、半身は大火傷にただれているらしい。繃帯(ほうたい)ですっかり巻かれていた。顔半分も、薬を塗って、白い覆面をしたように片目だけ出していた。玉蜀黍(とうもろこし)の毛のように、髪の毛まで焦げている。


「もう、いい。心配するな」


 片目で幕僚を見まわしながら、曹操は強いて笑いを見せて、


「考えてみると、何も、敵が強いのでもなんでもない。おれは火に負けたまでだ。火にはかなわんよ。――なあ、諸君」
 と、いってまた、
「それと、少し軽率だった。たとえ、(あやま)ちにせよ、匹夫(ひっぷ)呂布ごとき者の計におちたのは、われながら面目ない。しかしおれもまた彼に向って計をもって酬いてくれる所存だ。まあ見ておれ」

 すこし身をねじろうとしたが、体が動かない。無理に首だけ動かして、


「夏侯淵」


「はっ」


「貴様に、私の葬儀を命ずる。葬儀指揮官の任につけ」


「不吉なお言葉を」


「いや、策だ。――今暁、曹操遂に死せりと、()を発するがよい。伝え聞くや、呂布はこの時とばかり、城を出て攻め寄せて来るにちがいない。仮埋葬(かりまいそう)を営むと()れてわが仮の(ひつぎ)を、馬陵山(ばりょうざん)へ葬れ」


「はっ……」


「馬陵山の東西に兵を伏せ、敵をひき寄せ、円陣のうちにとらえて、思う存分、殲滅(せんめつ)してくれるのだ。わかったか」


「わかりました」


「どうだ、諸君」


「ご名策です」


 幕僚は、その場で皆、喪章(もしょう)をつけた。――そして将軍旗の竿頭(かんとう)にも、弔章(ちょうしょう)が附せられた。

 ――曹操死す。

 の声が伝わった。まことしやかに濮陽(ぼくよう)にまで聞えて来た。呂布は耳にすると、


「しめた、おれの強敵は、これで除かれた」


 と膝を叩き、念のため、(さぐ)りを放って確かめると、喪の敵陣は、枯野のように、(せき)として声もないという。

 馬陵山の葬儀日を狙って、呂布は濮陽城を出て、一挙に敵を葬り尽そうとしたところ。

 起伏する丘陵一帯の陰から、たちまち鳴り起った陣鼓鑼声(じんこらせい)は、完全に呂布軍をたたきのめした。

 呂布は、命からがら逃げた。一万に近い犠牲と面目を馬陵山に捨てて逃げた。――以来、それにこりごりして、濮陽を堅く守り、容易にその城から出なかった。


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登場人物紹介

劉備玄徳

劉備玄徳

ひげ

劉備玄徳

劉備玄徳

諸葛孔明《しょかつこうめい》

張飛

張飛

髭あり

張飛

関羽

関羽


関平《かんぺい》

関羽の養子

趙雲

趙雲

張雲

黄忠《こうちゅう》

魏延《ぎえん》

馬超

厳顔《げんがん》

劉璋配下から劉備配下

龐統《ほうとう》

糜竺《びじく》

陶謙配下

後劉備の配下

糜芳《びほう》

糜竺《びじく》の弟

孫乾《そんけん》

陶謙配下

後劉備の配下

陳珪《ちんけい》

陳登の父親

陳登《ちんとう》

陶謙の配下から劉備の配下へ、

曹豹《そうひょう》

劉備の配下だったが、酒に酔った張飛に殴られ裏切る

周倉《しゅうそう》

もと黄巾の張宝《ちょうほう》の配下

関羽に仕える

劉辟《りゅうへき》

簡雍《かんよう》

劉備の配下

馬良《ばりょう》

劉備の配下

伊籍《いせき》

法正

劉璋配下

のち劉備配下

劉封

劉備の養子

孟達

劉璋配下

のち劉備配下

商人

宿屋の主人

馬元義

甘洪

李朱氾

黄巾族

老僧

芙蓉

芙蓉

糜夫人《びふじん》

甘夫人


劉備の母

劉備の母

役人


劉焉

幽州太守

張世平

商人

義軍

部下

黄巾族

程遠志

鄒靖

青州太守タイシュ龔景キョウケイ

盧植

朱雋

曹操

曹操

やけど

曹操

曹操


若い頃の曹操

曹丕《そうひ》

曹丕《そうひ》

曹嵩

曹操の父

曹洪


曹洪


曹徳

曹操の弟

曹仁

曹純

曹洪の弟

司馬懿《しばい》仲達《ちゅうたつ》

曹操配下


楽進

楽進

夏侯惇

夏侯惇《かこうじゅん》

夏侯惇

曹操の配下

左目を曹性に射られる。

夏侯惇

曹操の配下

左目を曹性に射られる。

韓浩《かんこう》

曹操配下

夏侯淵

夏侯淵《かこうえん》

典韋《てんい》

曹操の配下

悪来と言うあだ名で呼ばれる

劉曄《りゅうよう》

曹操配下

李典

曹操の配下

荀彧《じゅんいく》

曹操の配下

荀攸《じゅんゆう》

曹操の配下

許褚《きょちょ》

曹操の配下

許褚《きょちょ》

曹操の配下

徐晃《じょこう》

楊奉の配下、後曹操に仕える

史渙《しかん》

徐晃《じょこう》の部下

満寵《まんちょう》

曹操の配下

郭嘉《かくか》

曹操の配下

曹安民《そうあんみん》

曹操の甥

曹昂《そうこう》

曹操の長男

于禁《うきん》

曹操の配下

王垢《おうこう》

曹操の配下、糧米総官

程昱《ていいく》

曹操の配下

呂虔《りょけん》

曹操の配下

王必《おうひつ》

曹操の配下

車冑《しゃちゅう》

曹操の配下、一時的に徐州の太守

孔融《こうゆう》

曹操配下

劉岱《りゅうたい》

曹操配下

王忠《おうちゅう》

曹操配下

張遼

呂布の配下から曹操の配下へ

張遼

蒋幹《しょうかん》

曹操配下、周瑜と学友

張郃《ちょうこう》

袁紹の配下

賈詡

賈詡《かく》

董卓

李儒

董卓の懐刀

李粛

呂布を裏切らせる

華雄

胡軫

周毖

李傕

李別《りべつ》

李傕の甥

楊奉

李傕の配下、反乱を企むが失敗し逃走

韓暹《かんせん》

宋果《そうか》

李傕の配下、反乱を企むが失敗

郭汜《かくし》

郭汜夫人

樊稠《はんちゅう》

張済

張繍《ちょうしゅう》

張済《ちょうさい》の甥

胡車児《こしゃじ》

張繍《ちょうしゅう》配下

楊彪

董卓の長安遷都に反対

楊彪《ようひょう》の妻

黄琬

董卓の長安遷都に反対

荀爽

董卓の長安遷都に反対

伍瓊

董卓の長安遷都に反対

趙岑

長安までの殿軍を指揮

徐栄

張温

張宝

孫堅

呉郡富春(浙江省・富陽市)の出で、孫子の子孫

孫静

孫堅の弟

孫策

孫堅の長男

孫権《そんけん》

孫権

孫権

孫堅の次男

朱治《しゅち》

孫堅の配下

呂範《りょはん》

袁術の配下、孫策に力を貸し配下になる

周瑜《しゅうゆ》

孫策の配下

周瑜《しゅうゆ》

周瑜

張紘

孫策の配下

二張の一人

張昭

孫策の配下

二張の一人

蒋欽《しょうきん》

湖賊だったが孫策の配下へ

周泰《しゅうたい》

湖賊だったが孫策の配下へ

周泰《しゅうたい》

孫権を守って傷を負った

陳武《ちんぶ》

孫策の部下

太史慈《たいしじ》

劉繇《りゅうよう》配下、後、孫策配下


元代

孫策の配下

祖茂

孫堅の配下

程普

孫堅の配下

程普

孫堅の配下

韓当

孫堅の配下

黄蓋

孫堅の部下

黄蓋《こうがい》

桓楷《かんかい》

孫堅の部下


魯粛《ろしゅく》

孫権配下

諸葛瑾《しょかつきん》

諸葛孔明《しょかつこうめい》の兄

孫権の配下


呂蒙《りょもう》

孫権配下

虞翻《ぐほん》

王朗の配下、後、孫策の配下

甘寧《かんねい》

劉表の元にいたが、重く用いられず、孫権の元へ

甘寧《かんねい》

凌統《りょうとう》

凌統《りょうとう》

孫権配下


陸遜《りくそん》

孫権配下

張均

督郵

霊帝

劉恢

何進

何后

潘隠

何進に通じている禁門の武官

袁紹

袁紹

劉《りゅう》夫人

袁譚《えんたん》

袁紹の嫡男

袁尚《えんしょう》

袁紹の三男

高幹

袁紹の甥

顔良

顔良

文醜

兪渉

逢紀

冀州を狙い策をねる。

麹義

田豊

審配

袁紹の配下

沮授《そじゅ》

袁紹配下

郭図《かくと》

袁紹配下


高覧《こうらん》

袁紹の配下

淳于瓊《じゅんうけい》

袁紹の配下

酒が好き

袁術

袁胤《えんいん》

袁術の甥

紀霊《きれい》

袁術の配下

荀正

袁術の配下

楊大将《ようたいしょう》

袁術の配下

韓胤《かんいん》

袁術の配下

閻象《えんしょう》

袁術配下

韓馥

冀州の牧

耿武

袁紹を国に迎え入れることを反対した人物。

鄭泰

張譲

陳留王

董卓により献帝となる。

献帝

献帝

伏皇后《ふくこうごう》

伏完《ふくかん》

伏皇后の父

楊琦《ようき》

侍中郎《じちゅうろう》

皇甫酈《こうほれき》

董昭《とうしょう》

董貴妃

献帝の妻、董昭の娘

王子服《おうじふく》

董承《とうじょう》の親友

馬騰《ばとう》

西涼の太守

崔毅

閔貢

鮑信

鮑忠

丁原

呂布


呂布

呂布

呂布

厳氏

呂布の正妻

陳宮

高順

呂布の配下

郝萌《かくほう》

呂布配下

曹性

呂布の配下

夏侯惇の目を射った人

宋憲

呂布の配下

侯成《こうせい》

呂布の配下


魏続《ぎぞく》

呂布の配下

王允

貂蝉《ちょうせん》

孫瑞《そんずい》

王允の仲間、董卓の暗殺を謀る

皇甫嵩《こうほすう》

丁管

越騎校尉の伍俘

橋玄

許子将

呂伯奢

衛弘

公孫瓉

北平の太守

公孫越

王匡

方悦

劉表

蔡夫人

劉琦《りゅうき》

劉表の長男

劉琦《りゅうき》

劉表の長男

蒯良

劉表配下

蒯越《かいえつ》

劉表配下、蒯良の弟

黄祖

劉表配下

黄祖

陳生

劉表配下

張虎

劉表配下


蔡瑁《さいぼう》

劉表配下

呂公《りょこう》

劉表の配下

韓嵩《かんすう》

劉表の配下

牛輔

金を持って逃げようとして胡赤児《こせきじ》に殺される

胡赤児《こせきじ》

牛輔を殺し金を奪い、呂布に降伏するも呂布に殺される。

韓遂《かんすい》

并州《へいしゅう》の刺史《しし》

西涼の太守|馬騰《ばとう》と共に長安をせめる。

陶謙《とうけん》

徐州《じょしゅう》の太守

張闓《ちょうがい》

元黄巾族の陶謙の配下

何曼《かまん》

截天夜叉《せってんやしゃ》

黄巾の残党

何儀《かぎ》

黄巾の残党

田氏

濮陽《ぼくよう》の富豪

劉繇《りゅうよう》

楊州の刺史

張英

劉繇《りゅうよう》の配下


王朗《おうろう》

厳白虎《げんぱくこ》

東呉《とうご》の徳王《とくおう》と称す

厳与《げんよ》

厳白虎の弟

華陀《かだ》

医者

鄒氏《すうし》

未亡人

徐璆《じょきゅう》

袁術の甥、袁胤《えんいん》をとらえ、玉璽を曹操に送った

鄭玄《ていげん》

禰衡《ねいこう》

吉平

医者

慶童《けいどう》

董承の元で働く奴隷

陳震《ちんしん》

袁紹配下

龔都《きょうと》

郭常《かくじょう》

郭常《かくじょう》の、のら息子

裴元紹《はいげんしょう》

黄巾の残党

関定《かんてい》

許攸《きょゆう》

袁紹の配下であったが、曹操の配下へ

辛評《しんひょう》

辛毘《しんび》の兄

辛毘《しんび》

辛評《しんひょう》の弟

袁譚《えんたん》の配下、後、曹操の配下

呂曠《りょこう》

呂翔《りょしょう》の兄

呂翔《りょしょう》

呂曠《りょこう》の弟


李孚《りふ》

袁尚配下

王修

田疇《でんちゅう》

元袁紹の部下

公孫康《こうそんこう》

文聘《ぶんぺい》

劉表配下

王威

劉表配下

司馬徽《しばき》

道号を水鏡《すいきょう》先生

徐庶《じょしょ》

単福と名乗る

劉泌《りゅうひつ》

徐庶の母

崔州平《さいしゅうへい》

孔明の友人

諸葛均《しょかつきん》

石広元《せきこうげん》

孟公威《もうこうい》

媯覧《ぎらん》

戴員《たいいん》

孫翊《そんよく》

徐氏《じょし》

辺洪

陳就《ちんじゅ》

郄慮《げきりょ》

劉琮《りゅうそう》

劉表次男

李珪《りけい》

王粲《おうさん》

宋忠

淳于導《じゅんうどう》

曹仁《そうじん》の旗下《きか》

晏明

曹操配下

鍾縉《しょうしん》、鍾紳《しょうしん》

兄弟

夏侯覇《かこうは》

歩隲《ほしつ》

孫権配下

薛綜《せっそう》

孫権配下

厳畯《げんしゅん》

孫権配下


陸績《りくせき》

孫権の配下

程秉《ていへい》

孫権の配下

顧雍《こよう》

孫権配下

丁奉《ていほう》

孫権配下

徐盛《じょせい》

孫権配下

闞沢《かんたく》

孫権配下

蔡薫《さいくん》

蔡和《さいか》

蔡瑁の甥

蔡仲《さいちゅう》

蔡瑁の甥

毛玠《もうかい》

曹操配下

焦触《しょうしょく》

曹操配下

張南《ちょうなん》

曹操配下

馬延《ばえん》

曹操配下

張顗《ちょうぎ》

曹操配下

牛金《ぎゅうきん》

曹操配下


陳矯《ちんきょう》

曹操配下

劉度《りゅうど》

零陵の太守

劉延《りゅうえん》

劉度《りゅうど》の嫡子《ちゃくし》

邢道栄《けいどうえい》

劉度《りゅうど》配下

趙範《ちょうはん》

鮑龍《ほうりゅう》

陳応《ちんおう》

金旋《きんせん》

武陵城太守

鞏志《きょうし》

韓玄《かんげん》

長沙の太守

宋謙《そうけん》

孫権の配下

戈定《かてい》

戈定《かてい》の弟

張遼の馬飼《うまかい》

喬国老《きょうこくろう》

二喬の父

呉夫人

馬騰

献帝

韓遂《かんすい》

黄奎

曹操の配下


李春香《りしゅんこう》

黄奎《こうけい》の姪

陳群《ちんぐん》

曹操の配下

龐徳《ほうとく》

馬岱《ばたい》

鍾繇《しょうよう》

曹操配下

鍾進《しょうしん》

鍾繇《しょうよう》の弟

曹操配下

丁斐《ていひ》

夢梅《むばい》

許褚

楊秋

侯選

李湛

楊阜《ようふ》

張魯《ちょうろ》

張衛《ちょうえい》

閻圃《えんほ》

劉璋《りゅうしょう》

張松《ちょうしょう》

劉璋配下

黄権《こうけん》

劉璋配下

のち劉備配下

王累《おうるい》

王累《おうるい》

李恢《りかい》

劉璋配下

のち劉備配下

鄧賢《とうけん》

劉璋配下

張任《ちょうじん》

劉璋配下

周善

孫権配下


呉妹君《ごまいくん》

董昭《とうしょう》

曹操配下

楊懐《ようかい》

劉璋配下

高沛《こうはい》

劉璋配下

劉巴《りゅうは》

劉璋配下

劉璝《りゅうかい》

劉璋配下

張粛《ちょうしゅく》

張松の兄


冷苞

劉璋配下

呉懿《ごい》

劉璋の舅

彭義《ほうぎ》

鄭度《ていど》

劉璋配下

韋康《いこう》

姜叙《きょうじょ》

夏侯淵《かこうえん》

趙昂《ちょうこう》

楊柏《ようはく》

張魯配下

楊松

楊柏《ようはく》の兄

張魯配下

費観《ひかん》

劉璋配下

穆順《ぼくじゅん》

楊昂《ようこう》

楊任

崔琰《さいえん》

曹操配下


雷同

郭淮《かくわい》

曹操配下

霍峻《かくしゅん》

劉備配下

夏侯尚《かこうしょう》

曹操配下

夏侯徳

曹操配下

夏侯尚《かこうしょう》の兄

陳式《ちんしき》

劉備配下

杜襲《としゅう》

曹操配下

慕容烈《ぼようれつ》

曹操配下

焦炳《しょうへい》

曹操配下

張翼

劉備配下

王平

曹操配下であったが、劉備配下へ。

曹彰《そうしょう》

楊修《ようしゅう》

曹操配下

夏侯惇

費詩《ひし》

劉備配下

王甫《おうほ》

劉備配下

呂常《りょじょう》

曹操配下

董衡《とうこう》

曹操配下

李氏《りし》

龐徳の妻

成何《せいか》

曹操配下

蒋済《しょうさい》

曹操配下

傅士仁《ふしじん》

劉備配下

徐商

曹操配下


廖化

劉備配下

趙累《ちょうるい》

劉備配下

朱然《しゅぜん》

孫権配下


潘璋

孫権配下

左咸《さかん》

孫権配下

馬忠

孫権配下

許靖《きょせい》

劉備配下

華歆《かきん》

曹操配下

呉押獄《ごおうごく》

典獄

司馬孚《しばふ》

司馬懿《しばい》の弟

賈逵《かき》


曹植


卞氏《べんし》

申耽《しんたん》

孟達の部下

范疆《はんきょう》

張飛の配下

張達

張飛の配下


関興《かんこう》

関羽の息子

張苞《ちょうほう》

張飛の息子

趙咨《ちょうし》

孫権配下

邢貞《けいてい》

孫桓《そんかん》

孫権の甥

呉班

張飛の配下

崔禹《さいう》

孫権配下

張南

劉備配下

淳于丹《じゅんうたん》

孫権配下

馮習

劉備配下


丁奉

孫権配下

傅彤《ふとう》

劉備配下

程畿《ていき》

劉備配下

趙融《ちょうゆう》

劉備配下

朱桓《しゅかん》

孫権配下


常雕《じょうちょう》

曹丕配下

吉川英治


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