第21話、何進死す
文字数 6,746文字
一方。宮城内の十常侍らも、何進が諸州へ文を出し、董卓が、都附近まできて駐軍しているなどの大事を、知っていた。何太后を使い、何とか生きながらえたが、このままでは、十常侍らが宮廷から排除されるのは目に見えていた。
張譲は黄巾賊の討伐の際、賄賂を受け取り董卓の不手際をごまかし出世させた話をした。
「なら協力し」
「では、連絡を取り」
と、十常侍は董卓に密使を送り、陰謀を進めた。
張譲らはひそかに、槍や鉄弓をたずさえた禁中の兵を、嘉徳門や長楽宮の内門にまでみっしり伏せておいて、何太后をだまし何進を召す親書を書かせた。
宮門を出た使者は平和時のように、わざと
何進の側臣たちは、即座に十常侍らの
「太后の
こういわれると、それに対して自分にない器量を見せたいのが何進の性格であった。
「なにをいう。宮中の病廃を正し、政権の正大を期し、やがては天下に臨まんとするこの何進である。十常侍らの
変にその日は強がった。
すぐ車騎の用意を命じ、その代り鉄甲の精兵五百に、物々しく護衛させて、参内に出向いた。果たせるかな、
「兵馬は禁門に入ることならん。門外にて待ちませい」
と隔てられ、何進は、数名の従者だけつれて入った。それでも彼は
と、物陰から呶鳴られて、あっとたじろぐ間に、前後左右、十常侍一味の軍士たちに取巻かれていた。
躍りでた
と、面罵した。
何進は、真ッ蒼になって、
と口走ったが、時すでに遅しである。諸所の宮門はみな閉ざされ、逃げまわるにも鉄槍に身を囲まれて、一尺の隙もなかった。
何進はなにか絶叫した。空へでも飛び上がってしまう気であったか、躍り上がって、体を三度ほどぐるぐるまわした。
経たりと倒れ込み、そのまま、槍に突き刺され命を落とした。
青鎮門外ではわいわいと騒がしい声が起っていた。なにかしら宮門の中におかしな空気を感じだしたものとみえ、阿進が連れてきた兵が、
「何将軍はまだ退出になりませんか」
「将軍に急用ができましたから、早くお車に召されたいと告げて下さい」
などと喚いて動揺していた。
すると、城門の
「やかましいッ。鎮まれ。汝らの主人何進は、
なにか
何進の幕将で中軍の校尉
「十常侍をみなごろしにしろ」
「
華麗な宮殿は、たちまち土足の暴兵に占領された。いつの間にか火の手が上がり、それはあっという間に広がり、炎と、黒煙と、悲鳴と矢うなりの
「
「おのれもかっ」
宦官と見た者は、見つかり次第に殺された。宮中深く棲んでいた十常侍の輩なので、兵はどれが誰だかよく分らないが、
十常侍
天日も
女人たちの棲む後宮の悲鳴は、雲にこだまし地底まで届くようだった。
その中を、十常侍一派の張譲は、新帝と何太后と、新帝の弟にあたる協皇子――帝が即位してからは、
ところへ。
大喝して、馬上から降りるまに張譲たちは、新帝と陳留王の馬車に鞭打って逃げてしまった。
ただ何太后が乗る馬車だけは、盧植の手にひき留められた。
洛陽の巷にも火が降っていた。兵乱は今にも全市に及ぶであろうと、家財商品を負って避難する民衆で混乱は極まっている。その中を――張譲らの馬と、新帝、皇弟を乗せた
けれど、輦の車輪はこわれ、張譲らの馬も傷ついたり、ぬかるみへ脚を入れたりして、みな
帝は、時々、よろめいた。
そして大きく嘆息された。
かえりみれば、洛陽の空は、夜になってまだ赤かった。
張譲らは、帝を離すまいとした。帝を擁することが自分らの強味だからである。
草原の果てに、
幼い子供をつれて逃げていては、とても逃げきれぬ。捕まれば張譲はすぐに首をはねられるだろう。帝は惜しいが命には代えられない。張譲は帝とその弟、
張譲に置いて行かれた帝と、帝の弟の
やがて河を越えて驟雨のように馳け去って行ったのは、河南の
しゅく、しゅく……と新帝は草むらの中で泣き声をもらした。
皇弟陳留王は、わりあいにしっかりした声で、
帝は微かにうなずいた。
二人は、衣の
陳留王は声をもらした。
大きな蛍の群れが、風のまにまに一かたまりになって、眼のまえをふわふわ飛んでゆく、蛍の光でも非常に心づよくなった。
夜が明けかけた――
もう歩けない。
新帝はよろめいたまま起き上がらなかった。陳留王も、
「ああ」と、腰をついてしまった。
と、訊ねるのである。
見まわすと、古びた荘院の土塀が近くにある。そこの
と、重ねて問う。
陳留王は、まだしっかりした声を持っていた。帝を指さして、
と、いった。
主は、仰天して、
主は、驚きあわてた様で、帝を扶けて、荘院のうちへ迎え入れた。古びた田舎
「申しおくれました。自分は、先朝にお仕え申していた
帝と陳留王のふたりを
と、食事を捧げた。
帝も、皇弟も、浅ましきばかりがつがつと粥をすすられた。
崔毅は涙を催して、
と、告げて退がった。
阿進を殺し、帝を董卓の元に連れてくる。そういう密約をかわしていた。
どきっとしながらも、何くわぬ顔して、
それは馬上の
崔毅は、彼の馬の鞍に結いつけてある生々しい首級を見て、
閔貢は問われると、
崔毅は、手をあげて、奥のほうへ転んで行った。
閔貢は怪しんで、馬をつなぎ、後から駈けて行った。
崔毅の声に、藁の上で眠っていた帝と陳留王は、夢かとばかり狂喜した。そしてなお、閔貢の拝座するすがたを見ると、うれし泣きに抱き合って号泣された。
閔貢のことばに、崔毅は、自分の
閔貢は、自分の馬に、帝を乗せて、もう一頭に陳留王を乗せ、二騎の口輪をつかみ、門を出て、諸所へ散らかっている兵をよび集めた。
二、三里ほど来ると、
校尉
また、司徒
「還御を盛んにし、洛陽の市民にも安心させん」
と、段珪の首を、早馬で先へ送り、洛陽の市街に
かくて帝の
「や、や?」とばかり、随身の将卒百官、みな色を失って立ちすくんだ。
「敵か?」
「そも、
帝をはじめ、茫然、疑い怖れているばかりだったが、時に
と、大喝した。
すると、
と吠えるが如き答が、正面へきた軍の真ん中に轟き聞えた。
千
これなん先頃から洛陽郊外に兵馬を
董卓、
と、咎めたが、部将などは眼中にないといった態度で、
と、間近まで寄ってくる様子なのだ。帝は、戦慄されて、お答えもなし得ないし、百官も皆、怖れわななき、さすがの袁紹さえも、その容態の立派さに、呆っ気にとられて
すると、帝の御駕のすぐうしろから、
凜たる音声に、董卓も思わず馬をすこし
こういって前へ出てきたのは、皇弟の陳留王であった。帝よりも年下の紅顔の少年なのである。
董卓も、気がついてあわてて、馬上で礼儀をした。
陳留王は、あくまで頭を高く、
身なりは小さいが、王の声は実に峻烈であった。威厳に打たれたか、董卓は二言もなく、あわてて馬からとびおりて、道のかたわらに退き、謹んで帝の車駕を拝した。
陳留王は、それを見ると、帝に代って、
と、董卓へ言葉を下した。
一行は難なく、洛陽へさして進んだ。心ひそかに舌を巻いたのは董卓であった。天性備わる陳留王の威風にふかく胆を奪われて、
と、いう大野望が、早くもこの時、彼の胸には芽を
(ログインが必要です)