第74話、関羽、張飛と再会する
文字数 8,313文字
関羽と二夫人を乗せた車は、河北へ向かって移動していた。途中、なんどか山賊などが襲ってきたが、関羽が青龍偃月刀の一振りですべてなぎ払った。
日をかさねて、関羽たちは、
船が北の岸につくと、また車を陸地に揚げ、
そうした幾日目かである。
彼方からひとりの騎馬の旅客が近づいてきた。見れば何と、汝南で別れたきりの
互いに奇遇を祝して、まず関羽からたずねた。
関羽は、自分を戒めるとともに、
急に、道をかえて、汝南の空をのぞんで急いだ。
雨が降って濡れたので、その晩、泊めてもらった民家の炉で、人々は衣類を火にかざし合った。
ここの
田舎家ながら後堂もある。
二夫人はそこにやすんだ。
衣服も乾いたので、関羽、孫乾は、屋外へ出て、馬に
――と。この家の塀の外から、狐のような疑い深い眼をした若者が、しきりに覗いていたが、やがて無遠慮に入ってきて、
ふたりが、慰めてやると、
その晩、みな寝しずまってから、一つの事件が起った。
五、六人の悪党が忍びこんで、
しかも、孫乾や、車の
と、孫乾が息まいているとき、主の
と、何遍も
関羽の一言で、泥棒たちは、放された。
郭常夫婦はわが子の恩人と、あくる朝も、首をならべて百拝した。
関羽のことばに、老夫婦はよろこんで連れに行ったが、のら息子は、家の中にいなかった。召使いのことばによると、早暁また悪友五、六人と組んで何処へともなく、出かけてしまったということであった。
翌日の道は、山岳にはいった。
ひとつの峠へきた時である。百人ばかりの手下をつれた山賊の大将が、馬上から、
驚いて馬から跳び下りたと思うと、裴元紹は、ふいに後ろの手下の中から、ひとりの若者を引きずりだして、その
関羽には、何をするのか、彼の意志がわからなかった。
と、裴元紹は、のど首を締めつけて、いきなり短剣でその首を掻き落そうとした。
そういうと、裴元紹は、のら息子の襟がみをつかんで、道ばたへほうり出した、のら息子は、生命からがら、谷底へ逃げこんだ。
関羽は、山賊の将たる彼が、いちいち自分に推服の声をもらしているので、どうして自分を知っているかと問いただした。
裴元紹は、答えて、
裴元紹は、つつしんで、改心をちかった。そして山中の道案内をつとめて、およそ十数里すすむと、かなたの地上、黒々と坐して
近づいてみると、中にも一人の大将は、路傍にうずくまって、関羽、孫乾、車のわだちへ、拝礼を
裴元紹は、馬をとどめて、
と、彼の注意を求めた。
関羽は馬を下り、つかつかと周倉のそばへ寄った。
と、
周倉は立ったが、なお、自身をふかく恥じるもののように、
関羽は静かに車のそばへ寄って、二夫人の意をたずねてみた。
関羽は、彼の誠意にうごかされて、
周倉はなおのこと、
と、天日へさけんだほどだった。
だが、裴元紹は、周倉が行くなら自分にも
周倉は、彼をさとして、
やむなく裴元紹は手下をまとめて、山寨へひきあげた。
周倉は本望をとげて、山また山の道を、身を粉にして先に立ち、車を推しすすめて行った。
ほどなく、目的の汝南に近い境まで来た。
その日、一行はふと、彼方の嶮しい山の中腹に、一つの古城を見出した。白雲はその望楼や石門をゆるやかにめぐっていた。
関羽と
その者は
「三月ほど前のことでした。名を張飛とかいう恐ろしげな大将が四、五十騎ほどの手下を連れてきて、にわかにあの古城へ攻めかけ、以前からそこを巣にして威を振るっていた千余のあぶれ者や賊将をことごとく退治してしまいました。そしていつの間にか
さりげない態を装って聞いていたが、関羽は心のうちで飛び立つほど歓んでいた。
と、いった。
孫乾も勇み立って、「心得て
飛馬は見るまに
その
張飛の大声が中門に聞えた。孫乾は思わず、
と、麓門の側でどなった。
彼の元気は相変らずすばらしい。高い石段の上から手をあげて呼び迎える。やがて通されたのは山腹の一閣で、張飛はここに構えて王者を気取っているようである。
孫乾がいうと、張飛は、
「住んでからまだ三月にしかならないが、もう三千の兵は集まっている。一州はおろか、十州、二十州も伐り従えて故主劉備のお行方が知れたら、そっくり献上しようと考えておるところだ。おぬしも俺の片腕になって手伝え」
と、急な
その様子がどうも、穏やかでないので、置き去りを喰った孫乾も、あわてて馬にとび乗った。
ひろい沢を伝わって、千余の兵馬が此方へさして登ってくる、二夫人の車を停めていた扈従の人々は、
「あれあれ、張飛どのが、さっそく勢を率いて迎えにくる――」
と、喜色をあらわしてどよめき合っていた。
ところが、やがてそこへ駈け上ってきた張飛は、奔馬の上に蛇矛を横たえ、例の
と、吠えたてて、近寄りもできない血相だった。
関羽は、声を聞いて、
と、何気なく進んでくると、張飛は、やにわに
と、奮いかかってきた。
関羽は驚いて、猛烈な彼の矛さきをかわしながら、
りゅうりゅうと
と、さけんだ。
張飛は、振向いただけで、
と、云い放った。
甘夫人は悲しんで、出ない声をふりしぼり、張飛の誤解であることを早口になだめたが、落着いてほかのことばに耳をかしているような張飛ではない。
と、きかないのである。
ところへ、後からきた孫乾は、この態を見て、あれほど自分からも説明したのにと、腹を立てて、
「わからずやの
と傍らから呶鳴った。
「そうですよ。あなたがいうように、関羽将軍は、富貴をむさぼってなどいません。曹操に忠誠心など抱いていないのです。私たちがこうやって無事に、ここにたどり着けたのも、関羽将軍の忠誠心があったおかげなのです」
甘夫人はいった。
関羽はうなずいた。
孫乾も、甘夫人も糜夫人も、みなうなずいた。
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