第72話、撒餌の計
文字数 6,272文字
後陣の支援によって、からくも
その
「
と、左右へ怒号した。
諸士は争って、劉備の陣屋へ馳け、有無をいわせず、彼の両手をねじあげて、袁紹のまえに
袁紹は、彼を見るなりいきりたって、頭から罵った。
劉備は、あえて畏れなかった。身に覚えのない出来事だからである。
と、
武将の大事な資格のひとつは、果断に富むことである。その果断は、するどい直感力があってこそ生れる。――実に袁紹の短所といえば、その直感の鈍いところにあった。
劉備は、なお弁明した。
と、劉備に謝罪し、そのまま敗戦
すると、侍立の諸将のあいだから、一名の将が前へすすんで、
と、呶鳴った。
面は、怖ろしい相貌をしているが、平常はむッつりとあまりものをいわない
袁紹は激励して、十万の精兵をさずけた。
文醜は、即日、黄河まで出た。
曹操は、陣をひいて、河南に兵を布いている。
沮授は心配した。
袁紹を諫めて、
声を荒げた。
沮授は、黙然と外へ出て、と、長嘆していた。
その日から、沮授は
曹操のもとへ、戦場から早馬が到来して、「
曹操は、あわてなかった。
まず行政官を先に派遣して、その地方の百姓をすべて、手ぎわよく、西河という地に移させた。
次に、自身、軍勢をひきいて行ったが、途中で、
と、変な命令を発した。
「こんな行軍法があろうか?」
人々は怪しんだが、ぜひなく、その変態陣のまま、
曹操は、立ち騒ぐ味方をしずめ、
と、下知した。
戦わぬうちから、すでに曹軍は散開を呈して、兵の凝集力を欠き、士気もあがらない様子を見たので、文醜は、
と、誇りきった。
そして、この図をはずすな、とばかり彼の大兵は、存分に暴れまわった。
兜や
「どうなることだ。今日の戦は。……こんなことをしていたら、やがてここも」
と、ほんとの逃げ腰になりかけてきた。
すると
と、あたりの者へ呶鳴った。
すると曹操が、ジロリと、荀攸の顔を白眼で見た。
荀攸は、はっと、片手で口をおさえ、片手で頭をかいた。
荀攸は、曹操の計略をよく察していたのだった。
で、浮き腰立つ味方へ、ついに自分の考えを口走ったのであるが、いまや大事な戦機とて、
(要らざることをいうな!)と、曹操から眼をもって叱られたのも当然であった。
まず味方から
文醜を大将とする河北軍は、敵なきごとく前線をひろげ、いちどは、十万の軍隊が後方に大きな
と、文醜も気づいて、日没頃ふたたび、各陣の凝結を命じた。
後方の占領圏内には、まっさきに潰滅した曹操の輜重隊が、諸所に、莫大な
後方に退がると、諸隊は争ってこんどは兵糧のあばき合いを始めた。
山地はとっぷり暮れていた。曹操は、物見の者から、敵情を聞くと、
と、指揮を発し、全軍の
昼のうち、敗れて、逃げるとみせて、実は野に丘に河に林に、影を没していた味方は、狼煙を知ると、大地から湧き出したように、三面七面から
曹操も、野を疾駆しながら、
と、さけび、また
と、励ました。
麾下の張遼やら
うしろの声に、文醜は、
と、振向きざま、馬上から鉄の半弓に
矢は、張遼の面へきた。
はッと、首を下げたので、
怒り立って、張遼が、うしろへ迫ろうとした刹那、二の矢がきた。こんどはかわすひまなく、矢は彼の肩口に突き立った。
どうっと、張遼が馬から落ちたので、文醜は引っ返してきた。首を掻いて持ってゆこうとしたのである。
徐晃が、躍り寄って、張遼をうしろへ逃がした。徐晃が得意の得物といえば、つねに持ち馴れた
文醜は、一躍さがって鉄弓を鞍にはさみ、大剣を横に払って、
若い徐晃は、血気にまかせた。しかし弱冠ながら彼も曹幕の一
大剣と白焔斧は、三十余合の火華をまじえた。徐晃は押され始めたが、文醜は四方に敵の嵩まるのを感じだしたので、黄河のほうへ逸走した。
敗走した味方をかき集めながら走っていると、十騎ほどの郎党を連れた騎馬の将が見えた。
と、疑いながら、間近まで進んで見ると、
と、一鞭して馳け寄ってきた。
馬は、
たがいに命を賭して、渡りあうこと幾十合、その声、その火華は黄河の波をよび、河南の山野にこだまして、あたかも天魔と地神が
そのうち、かなわじと思ったか、文醜は急に馬首をめぐらして逃げだした。これは彼の奥の手で、相手が図に乗って追いかけてくると、その間に剣をおさめ、鉄の半弓を持ちかえて、振向きざまひょうっと鉄箭を射てくる
だが、関羽には、その作戦も効果はなかった。二の矢、三の矢もみな払い落され、ついに、追いつめられて後ろから青龍刀の横なぎを首の根へ一撃喰ってしまった。文醜の馬は、首のない彼の胴体を乗せたまま、なお、果てもなく黄河の下流へ駈けて行った。
と呼ばわると、百里の闇をさまよっていた河北勢は、拍車をかけて、さらに逃げ惑った。
曹操は、かくと伝え聞くや、中軍の
討たれる者、黄河へおちて溺れ死ぬ者、夜明けまでに、河北勢の大半は、あえなく曹軍の餌になってしまった。
斬れ――と彼が左右の将に命じたので、劉備はおどろいてさけんだ。
劉備の特長はその
袁紹は形式家だけに、劉備のそういう態度を見ると、すぐ一時の怒りを悔いた。
と、
劉備は、頭を垂れながら、
劉備は
幕営のそと、星は青い。
劉備はその夜、一
――もちろん関羽への書簡。
時おり、筆をやめて、
燈火は、陣幕をもる風に、パチパチと明るい
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