第72話、撒餌の計

文字数 6,272文字

 顔良(がんりょう)が討たれたので、顔良の司令下にあった軍隊は支離滅裂(しりめつれつ)潰走(かいそう)をつづけた。

 後陣の支援によって、からくも頽勢(たいせい)をくい止めたものの、袁紹(えんしょう)の本陣も、少なからぬ動揺をうけた。

「いったい、わが顔良ほどな豪傑を、たやすく討ち取った敵とは、何者だろう。よも凡者(ただもの)であるまい」
 と、袁紹は、安からぬ顔色で周囲の者へたずねた。

 その刹那(せつな)を見たという一兵は、ありのままにいった。

(ひげ)の見事な大将でした。大薙刀(おおなぎなた)でただ一撃に顔良将軍を斬ってしまい、落着きはらって首を赤い馬の鞍に結びつけて引っ返しながら――関羽雲長の道をさまたげるなと、広言を払って馳け去りましたんで」

「関羽とは何者だ」
「おそらくそれは、劉備の義弟(おとうと)関羽(かんう)という者でしょう。彼ならば、顔良が討たれてもおかしくはありません」
 沮授(そじゅ)は答えた。
「そんなはずはあるまい。いま劉備は、一身をこの袁紹に頼んで、ここへも従軍しておるのに」
 袁紹は何ともいえぬ相貌(そうぼう)をしていたが、たちまち怒気を表に発して、
「劉備を引ッぱってこい!」

 と、左右へ怒号した。

 諸士は争って、劉備の陣屋へ馳け、有無をいわせず、彼の両手をねじあげて、袁紹のまえに(らっ)してきた。

 袁紹は、彼を見るなりいきりたって、頭から罵った。

「この恩知らずめ! よくも曹操と内応して、わが大事な勇将を義弟の関羽に討たせおったな。――顔良の生命はかえるよしもないが、せめて汝の首を()ねて、顔良の霊を祭るであろう。者どもっ、忘恩の人非人を、わしの見ている前で斬りすてろ」

 劉備は、あえて畏れなかった。身に覚えのない出来事だからである。


「お待ちください。平常、ご思慮ある将軍が、何とて、きょうばかりさように激怒(げきど)なされますか。曹操は年来、劉備を殺さんとしているんです。なんで、その曹操をたすけて、いま身を置く恩人の軍に不利を与えましょう。……また関羽によく似た大将も世間にいないと限りません。曹操は著名な兵略家ですから、わざとそういう者を探して、お味方の内訌(ないこう)を計らんとしたかも知れません。……いずれにせよ、一兵士の片言をとりあげて、劉備の一命を召されんなどということは、余りに、日頃のご温情にも似げないご短慮ではございますまいか」
 そういわれると、
「むむ……それも一理あること」

 と、袁紹(えんしょう)の心はすぐなだめられてしまった。

 武将の大事な資格のひとつは、果断に富むことである。その果断は、するどい直感力があってこそ生れる。――実に袁紹の短所といえば、その直感の鈍いところにあった。

 劉備は、なお弁明した。

「徐州にやぶれて、孤身をご庇護(ひご)のもとに託してからまだ自分の妻子はもとより一族の便りすら何も聞いておりません。どうして関羽と聯絡をとる(すべ)がありましょう。その者が、関羽だとしても、私が生きて、ここにいることは知らないでしょう」
「いや、もっともだ。賢人、ゆるし給え」

 と、劉備に謝罪し、そのまま敗戦挽回(ばんかい)の策を議し始めた。

 すると、侍立の諸将のあいだから、一名の将が前へすすんで、

「顔良に代る次の先鋒(せんぽう)は、それがしに仰せつけ下されたい」

 と、呶鳴った。

 面は、怖ろしい相貌をしているが、平常はむッつりとあまりものをいわない(たち)文醜(ぶんしゅう)であった。

「おお、先陣を望みでたは文醜か。健気(けなげ)健気、そちなら顔良の怨みをそそごう。すみやかに行け」

 袁紹は激励して、十万の精兵をさずけた。

 文醜は、即日、黄河まで出た。

 曹操は、陣をひいて、河南に兵を布いている。


「敵にさしたる戦意はない、恟々(きょうきょう)とただ守りあるのみだ」


 旌旗(せいき)、兵馬、十万の精鋭は、無数の船にのり分れて、江上を打渡り、黄河の対岸へ攻め上って行った。

 沮授は心配した。

 袁紹を諫めて、

「どうも、文醜の用兵ぶりは、危なくて見ていられません、機変も妙味もなく、ただ進めばよいと考えているようです。――いまの上策としては、まず官渡(かんと)(河南省・開封附近)と延津(えんしん)(河南省)の両方に兵をわけて、勝つに従って徐々に押しすすむに限りましょう。それなら(あやま)ちはありません。――それをば軽忽(けいこつ)にも黄河を打渡って、もし味方の不利とでもなろうものなら、それこそ生きて帰るものはないでしょう」
 人の善言をきかないほど頑迷な袁紹でもないが、自分が先鋒を文醜を任せたことを非難されたかのように感じたのか、この時は、ひどく我意をだして、
「知らないか。――兵ハ神速(シンソク)(タット)ブ――という。みだりに舌の根をうごかして、わが士気を惑わすな!」

 声を荒げた。

 沮授は、黙然と外へ出て、
「――(ユウ)タル黄河、吾レ(ソレ)ヲ渡ラン()

 と、長嘆していた。

 その日から、沮授は仮病(けびょう)をとなえて、陣務にも出てこなかった。


 曹操のもとへ、戦場から早馬が到来して、「文醜(ぶんしゅう)が、黄河を渡って、延津(えんしん)まで攻め入ってきました」と、急を報じてきた。

 曹操は、あわてなかった。

 まず行政官を先に派遣して、その地方の百姓をすべて、手ぎわよく、西河という地に移させた。

 次に、自身、軍勢をひきいて行ったが、途中で、

荷駄(にだ)粮車(ろうしゃ)すべての輜重隊(しちょうたい)は先へ進め。――戦闘部隊はずっと後につづいてゆくがいい」


 と、変な命令を発した。

「こんな行軍法があろうか?」

 人々は怪しんだが、ぜひなく、その変態陣のまま、延津(えんしん)へ馳せ向った。すると案のじょう、戦闘装備を持たない輜重隊は、まっ先に敵に叩かれた。おびただしい兵糧を置き捨てて、曹軍の先頭は、四方に潰走(かいそう)してしまった。

「案ずるに及ばん」


 曹操は、立ち騒ぐ味方をしずめ、


「兵糧など捨て置いて味方の一隊は、北へ迂回し、黄河に沿って、敵の退路を(やく)せ、――また一隊は、逃げるが如く、南の丘へ馳けのぼれ」

 と、下知した。

 戦わぬうちから、すでに曹軍は散開を呈して、兵の凝集力を欠き、士気もあがらない様子を見たので、文醜は、

「見ろ、すでに敵は、わが破竹の勢いに恐れをなして、逃げ腰になっている」

 と、誇りきった。

 そして、この図をはずすな、とばかり彼の大兵は、存分に暴れまわった。

 兜や(よろい)も脱いで、悠々と(おか)のうえにもぐりこんでいた曹操の部下も、すこし気が気ではなくなってきた。

「どうなることだ。今日の戦は。……こんなことをしていたら、やがてここも」

 と、ほんとの逃げ腰になりかけてきた。

 すると荀攸(じゅんゆう)が、物陰から、

「いや、もっけの幸いだ。これでいいんだ!」

 と、あたりの者へ呶鳴った。

 すると曹操が、ジロリと、荀攸の顔を白眼で見た。

 荀攸は、はっと、片手で口をおさえ、片手で頭をかいた。

 荀攸は、曹操の計略をよく察していたのだった。

 で、浮き腰立つ味方へ、ついに自分の考えを口走ったのであるが、いまや大事な戦機とて、

(要らざることをいうな!)と、曹操から眼をもって叱られたのも当然であった。

 まず味方から(はか)る――曹操の計略は、まもなく図にあたって来た。

 文醜を大将とする河北軍は、敵なきごとく前線をひろげ、いちどは、十万の軍隊が後方に大きな無敵圏(むてきけん)を抱いたが、

「戦果は充分にあげた。勝ち誇って、単独に深入りするのは危ないぞ」

 と、文醜も気づいて、日没頃ふたたび、各陣の凝結を命じた。

 後方の占領圏内には、まっさきに潰滅した曹操の輜重隊が、諸所に、莫大な粮米(ろうまい)や軍需品を置き捨ててある。

「そうだ、鹵獲品(ろかくひん)は、みなこっちの隊へ運んでこい」


 後方に退がると、諸隊は争ってこんどは兵糧のあばき合いを始めた。

 山地はとっぷり暮れていた。曹操は、物見の者から、敵情を聞くと、

「それっ、丘をくだれっ」


 と、指揮を発し、全軍の豹虎(ひょうこ)が、ふもとへ降りたと見ると、丘の一端から狼煙(のろし)をあげさせた。

 昼のうち、敗れて、逃げるとみせて、実は野に丘に河に林に、影を没していた味方は、狼煙を知ると、大地から湧き出したように、三面七面から(ふる)い起った。

 曹操も、野を疾駆しながら、

「昼、捨ておいた兵糧は敵を大網にかける撒餌(まきえ)の計だ。網をしぼるように、雑魚(ざこ)一尾のがすな」

 と、さけび、また叱咤(しった)をつづけて、


文醜(ぶんしゅう)を生捕れ、文醜も河北の名将、それを生捕らば、顔良を討った功に匹敵(ひってき)しようぞ!」


 と、励ました。

 麾下の張遼やら徐晃(じょこう)やら、先を争って追いかけ、遂に文醜のすがたを乱軍の中にとらえた。


「きたなし文醜。口ほどもなく何処へ逃げる」


 うしろの声に、文醜は、


「なにをッ」

 と、振向きざま、馬上から鉄の半弓に太矢(ふとや)をつがえて放った。

 矢は、張遼の面へきた。

 はッと、首を下げたので、(やじり)は兜の紐を射切ってはずれた。

「おのれ」

 怒り立って、張遼が、うしろへ迫ろうとした刹那、二の矢がきた。こんどはかわすひまなく、矢は彼の肩口に突き立った。

 どうっと、張遼が馬から落ちたので、文醜は引っ返してきた。首を掻いて持ってゆこうとしたのである。

「胆太い曲者(くせもの)め」


 徐晃が、躍り寄って、張遼をうしろへ逃がした。徐晃が得意の得物といえば、つねに持ち馴れた大鉞(おおまさかり)であった。みずから称して白焔斧(びゃくえんぷ)といっている。それをふりかぶって文醜に当って行った。

 文醜は、一躍さがって鉄弓を鞍にはさみ、大剣を横に払って、苦々(にがにが)と笑った。

「小僧っ、少しは戦に馴れたか」


「大言はあとでいえ」


 若い徐晃は、血気にまかせた。しかし弱冠ながら彼も曹幕の一驍将(ぎょうしょう)だ。そうむざむざとはあしらえない。

 大剣と白焔斧は、三十余合の火華をまじえた。徐晃は押され始めたが、文醜は四方に敵の嵩まるのを感じだしたので、黄河のほうへ逸走した。

 敗走した味方をかき集めながら走っていると、十騎ほどの郎党を連れた騎馬の将が見えた。

「敵か? 味方か?」


 と、疑いながら、間近まで進んで見ると、


「敗将文醜。何をさまようているか。いさぎよく、関羽に首を授けよ」


 と、一鞭して馳け寄ってきた。

 馬は、逸足(いっそく)赤兎馬(せきとば)()()は、まぎれもない関羽だった。


「関羽? おおっ、汝か。顔良を討った曲者は」

 (おめ)きあわせて、文醜も、ただちに大剣を舞わして迫った。

 閃々(せんせん)偃月(えんげつ)の青龍刀。

 晃々(こうこう)、文醜の大剣。

 たがいに命を賭して、渡りあうこと幾十合、その声、その火華は黄河の波をよび、河南の山野にこだまして、あたかも天魔と地神が乾坤(けんこん)を戦場と化して組み合っているようだった。

 そのうち、かなわじと思ったか、文醜は急に馬首をめぐらして逃げだした。これは彼の奥の手で、相手が図に乗って追いかけてくると、その間に剣をおさめ、鉄の半弓を持ちかえて、振向きざまひょうっと鉄箭を射てくる()であった。

 だが、関羽には、その作戦も効果はなかった。二の矢、三の矢もみな払い落され、ついに、追いつめられて後ろから青龍刀の横なぎを首の根へ一撃喰ってしまった。文醜の馬は、首のない彼の胴体を乗せたまま、なお、果てもなく黄河の下流へ駈けて行った。

「敵将文醜の首、関羽の手に挙げたり」


 と呼ばわると、百里の闇をさまよっていた河北勢は、拍車をかけて、さらに逃げ惑った。


「今ぞ、今ぞ。みなごろしに、追いつめろ」


 曹操は、かくと伝え聞くや、中軍の鼓隊(こたい)鑼隊(らたい)に令して、金鼓を打たせ鉦を鳴らし、角笛を吹かせて、万雷風声、すべて敵を圧した。

 討たれる者、黄河へおちて溺れ死ぬ者、夜明けまでに、河北勢の大半は、あえなく曹軍の餌になってしまった。


 郭図(かくと)審配(しんぱい)の二大将は、憤々(ふんぷん)と、袁紹の前に告げていた。

()しからん沙汰です。このたび文醜を討ったのも、やはり劉備の義弟(おとうと)関羽だということですぞ」

「それは、まったくか」


「文醜を討つ際自ら名乗っていましたし、兵の中に、いぜん董卓軍の華雄を討った関羽の顔を知っている者もいました。間違いないでしょう」

「劉備を呼べ。いつぞやは巧言をならべおったが、今日はゆるさん」


 (たび)かさなる味方の損害に、気の腐っていた折でもある。袁紹は、やがて面前に劉備を見ると、嫌味たッぷり詰問(きつもん)した。


大耳君(だいじくん)義弟(おとうと)関羽が文醜の首をはねた。またもだぞ。弁解の余地もあるまい。袁紹もなにもいわん。ただ君の首を要求する」

 斬れ――と彼が左右の将に命じたので、劉備はおどろいてさけんだ。


「お待ちください。考えてもご覧なさい。この劉備はいま、将軍の恩養をうけ、何を不足にお味方の不利を計りましょうや。将軍が負けて困るのは劉備も同じ、ねがわくばご賢察ください」

 劉備の特長はその生真面目(きまじめ)な態度にある。彼の言葉は至極平凡で、滔々(とうとう)の弁でもなく、なんらの機智もないが、ただ、けれんや駈引きがない。醇朴(じゅんぼく)と真面目だけである。内心はともかく、人にはどうしてもそう見える。

 袁紹は形式家だけに、劉備のそういう態度を見ると、すぐ一時の怒りを悔いた。

「いや、そうきけば、確かにそうだ。自分にも誤解があった。もし一時の怒りからご辺を殺せば袁紹は賢を()むもの――と世の嘲笑をうけたろう」
 気色がなおると、彼はまた、甚だ慇懃鄭重(いんぎんていちょう)であった。つつしんで、劉備を座上に(しょう)じ、

「こう敗軍をかさねたのも、ご辺の義弟(おとうと)たる関羽が敵の中にあるため。……なんとか、そこにご辺として、思慮はあるまいか」


 と、(はか)った。


「そう仰せられると、自分も責任を感ぜずにはおられません」


 劉備は、頭を垂れながら、


「私が、今ここに来ていることを、関羽に知らせてやりさえすれば、夜を日についでも、これへ参ろうと思います」

「なぜ早くそういう良計を、わしに献策してくれなかったのか」


「義弟とそれがしの間に、まったく消息がなくてさえ、常に、お疑いをうけ勝ちなのに、もしひそかに、関羽と書簡を通じたりなどといわれたら、たちまち禍いのたねになりましょう」
「いや、悪かった。もう疑わん。さっそく消息を通じ給え。もし関羽が味方にきてくれれば、顔良、文醜が生きかえってくるにもまさる歓びであろう」

 劉備は拝諾(はいだく)して、黙々、自分の陣所へ帰った。

 幕営のそと、星は青い。

 劉備はその夜、一(すい)の燈火を垂れ、筆をとって、細々(こまごま)と何か書いていた。

 ――もちろん関羽への書簡。

 時おり、筆をやめて、瞑目(めいもく)した。往事今来、さまざまな感慨が胸を往来するのであろう。

 燈火は、陣幕をもる風に、パチパチと明るい丁子(ちょうじ)の花を咲かせた。

「あ……。再会の日は近い!」


 彼は、つぶやいた。燈火明るきとき吉事あり――という易経(えききょう)の一辞句を思いだしたからである。一点、彼の胸にも、希望の灯がともった。
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登場人物紹介

劉備玄徳

劉備玄徳

ひげ

劉備玄徳

劉備玄徳

諸葛孔明《しょかつこうめい》

張飛

張飛

髭あり

張飛

関羽

関羽


関平《かんぺい》

関羽の養子

趙雲

趙雲

張雲

黄忠《こうちゅう》

魏延《ぎえん》

馬超

厳顔《げんがん》

劉璋配下から劉備配下

龐統《ほうとう》

糜竺《びじく》

陶謙配下

後劉備の配下

糜芳《びほう》

糜竺《びじく》の弟

孫乾《そんけん》

陶謙配下

後劉備の配下

陳珪《ちんけい》

陳登の父親

陳登《ちんとう》

陶謙の配下から劉備の配下へ、

曹豹《そうひょう》

劉備の配下だったが、酒に酔った張飛に殴られ裏切る

周倉《しゅうそう》

もと黄巾の張宝《ちょうほう》の配下

関羽に仕える

劉辟《りゅうへき》

簡雍《かんよう》

劉備の配下

馬良《ばりょう》

劉備の配下

伊籍《いせき》

法正

劉璋配下

のち劉備配下

劉封

劉備の養子

孟達

劉璋配下

のち劉備配下

商人

宿屋の主人

馬元義

甘洪

李朱氾

黄巾族

老僧

芙蓉

芙蓉

糜夫人《びふじん》

甘夫人


劉備の母

劉備の母

役人


劉焉

幽州太守

張世平

商人

義軍

部下

黄巾族

程遠志

鄒靖

青州太守タイシュ龔景キョウケイ

盧植

朱雋

曹操

曹操

やけど

曹操

曹操


若い頃の曹操

曹丕《そうひ》

曹丕《そうひ》

曹嵩

曹操の父

曹洪


曹洪


曹徳

曹操の弟

曹仁

曹純

曹洪の弟

司馬懿《しばい》仲達《ちゅうたつ》

曹操配下


楽進

楽進

夏侯惇

夏侯惇《かこうじゅん》

夏侯惇

曹操の配下

左目を曹性に射られる。

夏侯惇

曹操の配下

左目を曹性に射られる。

韓浩《かんこう》

曹操配下

夏侯淵

夏侯淵《かこうえん》

典韋《てんい》

曹操の配下

悪来と言うあだ名で呼ばれる

劉曄《りゅうよう》

曹操配下

李典

曹操の配下

荀彧《じゅんいく》

曹操の配下

荀攸《じゅんゆう》

曹操の配下

許褚《きょちょ》

曹操の配下

許褚《きょちょ》

曹操の配下

徐晃《じょこう》

楊奉の配下、後曹操に仕える

史渙《しかん》

徐晃《じょこう》の部下

満寵《まんちょう》

曹操の配下

郭嘉《かくか》

曹操の配下

曹安民《そうあんみん》

曹操の甥

曹昂《そうこう》

曹操の長男

于禁《うきん》

曹操の配下

王垢《おうこう》

曹操の配下、糧米総官

程昱《ていいく》

曹操の配下

呂虔《りょけん》

曹操の配下

王必《おうひつ》

曹操の配下

車冑《しゃちゅう》

曹操の配下、一時的に徐州の太守

孔融《こうゆう》

曹操配下

劉岱《りゅうたい》

曹操配下

王忠《おうちゅう》

曹操配下

張遼

呂布の配下から曹操の配下へ

張遼

蒋幹《しょうかん》

曹操配下、周瑜と学友

張郃《ちょうこう》

袁紹の配下

賈詡

賈詡《かく》

董卓

李儒

董卓の懐刀

李粛

呂布を裏切らせる

華雄

胡軫

周毖

李傕

李別《りべつ》

李傕の甥

楊奉

李傕の配下、反乱を企むが失敗し逃走

韓暹《かんせん》

宋果《そうか》

李傕の配下、反乱を企むが失敗

郭汜《かくし》

郭汜夫人

樊稠《はんちゅう》

張済

張繍《ちょうしゅう》

張済《ちょうさい》の甥

胡車児《こしゃじ》

張繍《ちょうしゅう》配下

楊彪

董卓の長安遷都に反対

楊彪《ようひょう》の妻

黄琬

董卓の長安遷都に反対

荀爽

董卓の長安遷都に反対

伍瓊

董卓の長安遷都に反対

趙岑

長安までの殿軍を指揮

徐栄

張温

張宝

孫堅

呉郡富春(浙江省・富陽市)の出で、孫子の子孫

孫静

孫堅の弟

孫策

孫堅の長男

孫権《そんけん》

孫権

孫権

孫堅の次男

朱治《しゅち》

孫堅の配下

呂範《りょはん》

袁術の配下、孫策に力を貸し配下になる

周瑜《しゅうゆ》

孫策の配下

周瑜《しゅうゆ》

周瑜

張紘

孫策の配下

二張の一人

張昭

孫策の配下

二張の一人

蒋欽《しょうきん》

湖賊だったが孫策の配下へ

周泰《しゅうたい》

湖賊だったが孫策の配下へ

周泰《しゅうたい》

孫権を守って傷を負った

陳武《ちんぶ》

孫策の部下

太史慈《たいしじ》

劉繇《りゅうよう》配下、後、孫策配下


元代

孫策の配下

祖茂

孫堅の配下

程普

孫堅の配下

程普

孫堅の配下

韓当

孫堅の配下

黄蓋

孫堅の部下

黄蓋《こうがい》

桓楷《かんかい》

孫堅の部下


魯粛《ろしゅく》

孫権配下

諸葛瑾《しょかつきん》

諸葛孔明《しょかつこうめい》の兄

孫権の配下


呂蒙《りょもう》

孫権配下

虞翻《ぐほん》

王朗の配下、後、孫策の配下

甘寧《かんねい》

劉表の元にいたが、重く用いられず、孫権の元へ

甘寧《かんねい》

凌統《りょうとう》

凌統《りょうとう》

孫権配下


陸遜《りくそん》

孫権配下

張均

督郵

霊帝

劉恢

何進

何后

潘隠

何進に通じている禁門の武官

袁紹

袁紹

劉《りゅう》夫人

袁譚《えんたん》

袁紹の嫡男

袁尚《えんしょう》

袁紹の三男

高幹

袁紹の甥

顔良

顔良

文醜

兪渉

逢紀

冀州を狙い策をねる。

麹義

田豊

審配

袁紹の配下

沮授《そじゅ》

袁紹配下

郭図《かくと》

袁紹配下


高覧《こうらん》

袁紹の配下

淳于瓊《じゅんうけい》

袁紹の配下

酒が好き

袁術

袁胤《えんいん》

袁術の甥

紀霊《きれい》

袁術の配下

荀正

袁術の配下

楊大将《ようたいしょう》

袁術の配下

韓胤《かんいん》

袁術の配下

閻象《えんしょう》

袁術配下

韓馥

冀州の牧

耿武

袁紹を国に迎え入れることを反対した人物。

鄭泰

張譲

陳留王

董卓により献帝となる。

献帝

献帝

伏皇后《ふくこうごう》

伏完《ふくかん》

伏皇后の父

楊琦《ようき》

侍中郎《じちゅうろう》

皇甫酈《こうほれき》

董昭《とうしょう》

董貴妃

献帝の妻、董昭の娘

王子服《おうじふく》

董承《とうじょう》の親友

馬騰《ばとう》

西涼の太守

崔毅

閔貢

鮑信

鮑忠

丁原

呂布


呂布

呂布

呂布

厳氏

呂布の正妻

陳宮

高順

呂布の配下

郝萌《かくほう》

呂布配下

曹性

呂布の配下

夏侯惇の目を射った人

宋憲

呂布の配下

侯成《こうせい》

呂布の配下


魏続《ぎぞく》

呂布の配下

王允

貂蝉《ちょうせん》

孫瑞《そんずい》

王允の仲間、董卓の暗殺を謀る

皇甫嵩《こうほすう》

丁管

越騎校尉の伍俘

橋玄

許子将

呂伯奢

衛弘

公孫瓉

北平の太守

公孫越

王匡

方悦

劉表

蔡夫人

劉琦《りゅうき》

劉表の長男

劉琦《りゅうき》

劉表の長男

蒯良

劉表配下

蒯越《かいえつ》

劉表配下、蒯良の弟

黄祖

劉表配下

黄祖

陳生

劉表配下

張虎

劉表配下


蔡瑁《さいぼう》

劉表配下

呂公《りょこう》

劉表の配下

韓嵩《かんすう》

劉表の配下

牛輔

金を持って逃げようとして胡赤児《こせきじ》に殺される

胡赤児《こせきじ》

牛輔を殺し金を奪い、呂布に降伏するも呂布に殺される。

韓遂《かんすい》

并州《へいしゅう》の刺史《しし》

西涼の太守|馬騰《ばとう》と共に長安をせめる。

陶謙《とうけん》

徐州《じょしゅう》の太守

張闓《ちょうがい》

元黄巾族の陶謙の配下

何曼《かまん》

截天夜叉《せってんやしゃ》

黄巾の残党

何儀《かぎ》

黄巾の残党

田氏

濮陽《ぼくよう》の富豪

劉繇《りゅうよう》

楊州の刺史

張英

劉繇《りゅうよう》の配下


王朗《おうろう》

厳白虎《げんぱくこ》

東呉《とうご》の徳王《とくおう》と称す

厳与《げんよ》

厳白虎の弟

華陀《かだ》

医者

鄒氏《すうし》

未亡人

徐璆《じょきゅう》

袁術の甥、袁胤《えんいん》をとらえ、玉璽を曹操に送った

鄭玄《ていげん》

禰衡《ねいこう》

吉平

医者

慶童《けいどう》

董承の元で働く奴隷

陳震《ちんしん》

袁紹配下

龔都《きょうと》

郭常《かくじょう》

郭常《かくじょう》の、のら息子

裴元紹《はいげんしょう》

黄巾の残党

関定《かんてい》

許攸《きょゆう》

袁紹の配下であったが、曹操の配下へ

辛評《しんひょう》

辛毘《しんび》の兄

辛毘《しんび》

辛評《しんひょう》の弟

袁譚《えんたん》の配下、後、曹操の配下

呂曠《りょこう》

呂翔《りょしょう》の兄

呂翔《りょしょう》

呂曠《りょこう》の弟


李孚《りふ》

袁尚配下

王修

田疇《でんちゅう》

元袁紹の部下

公孫康《こうそんこう》

文聘《ぶんぺい》

劉表配下

王威

劉表配下

司馬徽《しばき》

道号を水鏡《すいきょう》先生

徐庶《じょしょ》

単福と名乗る

劉泌《りゅうひつ》

徐庶の母

崔州平《さいしゅうへい》

孔明の友人

諸葛均《しょかつきん》

石広元《せきこうげん》

孟公威《もうこうい》

媯覧《ぎらん》

戴員《たいいん》

孫翊《そんよく》

徐氏《じょし》

辺洪

陳就《ちんじゅ》

郄慮《げきりょ》

劉琮《りゅうそう》

劉表次男

李珪《りけい》

王粲《おうさん》

宋忠

淳于導《じゅんうどう》

曹仁《そうじん》の旗下《きか》

晏明

曹操配下

鍾縉《しょうしん》、鍾紳《しょうしん》

兄弟

夏侯覇《かこうは》

歩隲《ほしつ》

孫権配下

薛綜《せっそう》

孫権配下

厳畯《げんしゅん》

孫権配下


陸績《りくせき》

孫権の配下

程秉《ていへい》

孫権の配下

顧雍《こよう》

孫権配下

丁奉《ていほう》

孫権配下

徐盛《じょせい》

孫権配下

闞沢《かんたく》

孫権配下

蔡薫《さいくん》

蔡和《さいか》

蔡瑁の甥

蔡仲《さいちゅう》

蔡瑁の甥

毛玠《もうかい》

曹操配下

焦触《しょうしょく》

曹操配下

張南《ちょうなん》

曹操配下

馬延《ばえん》

曹操配下

張顗《ちょうぎ》

曹操配下

牛金《ぎゅうきん》

曹操配下


陳矯《ちんきょう》

曹操配下

劉度《りゅうど》

零陵の太守

劉延《りゅうえん》

劉度《りゅうど》の嫡子《ちゃくし》

邢道栄《けいどうえい》

劉度《りゅうど》配下

趙範《ちょうはん》

鮑龍《ほうりゅう》

陳応《ちんおう》

金旋《きんせん》

武陵城太守

鞏志《きょうし》

韓玄《かんげん》

長沙の太守

宋謙《そうけん》

孫権の配下

戈定《かてい》

戈定《かてい》の弟

張遼の馬飼《うまかい》

喬国老《きょうこくろう》

二喬の父

呉夫人

馬騰

献帝

韓遂《かんすい》

黄奎

曹操の配下


李春香《りしゅんこう》

黄奎《こうけい》の姪

陳群《ちんぐん》

曹操の配下

龐徳《ほうとく》

馬岱《ばたい》

鍾繇《しょうよう》

曹操配下

鍾進《しょうしん》

鍾繇《しょうよう》の弟

曹操配下

丁斐《ていひ》

夢梅《むばい》

許褚

楊秋

侯選

李湛

楊阜《ようふ》

張魯《ちょうろ》

張衛《ちょうえい》

閻圃《えんほ》

劉璋《りゅうしょう》

張松《ちょうしょう》

劉璋配下

黄権《こうけん》

劉璋配下

のち劉備配下

王累《おうるい》

王累《おうるい》

李恢《りかい》

劉璋配下

のち劉備配下

鄧賢《とうけん》

劉璋配下

張任《ちょうじん》

劉璋配下

周善

孫権配下


呉妹君《ごまいくん》

董昭《とうしょう》

曹操配下

楊懐《ようかい》

劉璋配下

高沛《こうはい》

劉璋配下

劉巴《りゅうは》

劉璋配下

劉璝《りゅうかい》

劉璋配下

張粛《ちょうしゅく》

張松の兄


冷苞

劉璋配下

呉懿《ごい》

劉璋の舅

彭義《ほうぎ》

鄭度《ていど》

劉璋配下

韋康《いこう》

姜叙《きょうじょ》

夏侯淵《かこうえん》

趙昂《ちょうこう》

楊柏《ようはく》

張魯配下

楊松

楊柏《ようはく》の兄

張魯配下

費観《ひかん》

劉璋配下

穆順《ぼくじゅん》

楊昂《ようこう》

楊任

崔琰《さいえん》

曹操配下


雷同

郭淮《かくわい》

曹操配下

霍峻《かくしゅん》

劉備配下

夏侯尚《かこうしょう》

曹操配下

夏侯徳

曹操配下

夏侯尚《かこうしょう》の兄

陳式《ちんしき》

劉備配下

杜襲《としゅう》

曹操配下

慕容烈《ぼようれつ》

曹操配下

焦炳《しょうへい》

曹操配下

張翼

劉備配下

王平

曹操配下であったが、劉備配下へ。

曹彰《そうしょう》

楊修《ようしゅう》

曹操配下

夏侯惇

費詩《ひし》

劉備配下

王甫《おうほ》

劉備配下

呂常《りょじょう》

曹操配下

董衡《とうこう》

曹操配下

李氏《りし》

龐徳の妻

成何《せいか》

曹操配下

蒋済《しょうさい》

曹操配下

傅士仁《ふしじん》

劉備配下

徐商

曹操配下


廖化

劉備配下

趙累《ちょうるい》

劉備配下

朱然《しゅぜん》

孫権配下


潘璋

孫権配下

左咸《さかん》

孫権配下

馬忠

孫権配下

許靖《きょせい》

劉備配下

華歆《かきん》

曹操配下

呉押獄《ごおうごく》

典獄

司馬孚《しばふ》

司馬懿《しばい》の弟

賈逵《かき》


曹植


卞氏《べんし》

申耽《しんたん》

孟達の部下

范疆《はんきょう》

張飛の配下

張達

張飛の配下


関興《かんこう》

関羽の息子

張苞《ちょうほう》

張飛の息子

趙咨《ちょうし》

孫権配下

邢貞《けいてい》

孫桓《そんかん》

孫権の甥

呉班

張飛の配下

崔禹《さいう》

孫権配下

張南

劉備配下

淳于丹《じゅんうたん》

孫権配下

馮習

劉備配下


丁奉

孫権配下

傅彤《ふとう》

劉備配下

程畿《ていき》

劉備配下

趙融《ちょうゆう》

劉備配下

朱桓《しゅかん》

孫権配下


常雕《じょうちょう》

曹丕配下

吉川英治


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