第153話、黄忠
文字数 3,162文字
冬が来た。
連戦連勝の蜀軍は、
賀春の酒を、近臣に賜うの日、帝劉備も微酔して、
などと述懐した。
するとその日の
「黄忠がわずか十騎ばかり連れて呉へ投降してしまった」という風聞が伝わった。
帝劉備は告げる者に笑って、
と、いった。
劉備の推察は過っていない。実に黄忠はその通りな気もちで、同じく老兵をわずか十騎つれて、敵中に一働きして見せんと、途中、味方の
馮習、張南が、見かけて、
「老将軍、どこへ行くのか」と、たずねた。
黄忠は、慨然と、帝の述懐を物語って、
張南は極力なだめた。それこそ年寄りの冷や水といわないばかりに。
彼は
しかし黄忠は耳にもかけず、
と、あわてて一群を追い慕わせた。
黄忠はやがて呉の潘璋の陣中へかかった。わずか十騎で平然と中軍まで通ってしまったのである。変に思って番兵が味方を呼び立てたときは、彼はすでに主将潘璋と戦っていたのである。
と、そこの帷幕へ迫って大声に名のりかけたからである。
戦線に異変なく、中軍の内から起った戦である。潘璋の外陣はみな前をすてて、中心へかたまって来た。
そこへ張南の一軍が、黄忠を援けにきた。また少しおくれて関興、張苞が、数千騎をつれて吹雪のように翔け暴れてきた。乱軍となって、藩璋は討ちもらしたが、合戦としては十二分の
張苞、関興などが引き揚げをうながすと、
と、老人はうごかない。
そして翌日はまた、この七十余齢の武者は、突撃の先に立って、
と、四角八面にあばれ廻っていた。
けれど、きょうは呉にも、備えがあった。彼は地の利の悪い危地へ取り籠められた。血路をひらいて
と、自ら首を刎ねて死のうとした。
呉の大将馬忠は、そのとき馬を飛ばして、
と、断末魔の勇を鼓して、馬忠のまえに幽鬼の如く立ちふさがった。
馬忠の突いてくる槍の柄にしがみついて、黄忠は離さなかった。そのうちに四方の呉軍が何事か騒ぎ出したので、馬忠はいよいよ持て余し、かえって老黄忠のために槍を奪われ、その槍でりゅうりゅうと突きまくられた。
関興、張苞のふたりは、この
耳もとでいわれたが、黄忠はそれから後のことは何も覚えなかった。彼が気づいてみたときは、味方の陣中に安臥して、関興や張苞の手で看護されていた。
いや、誰かうしろで、自分の背を撫でてくれる人があるので、苦痛をこらえて、ふと振り向いて見ると、それは帝劉備だった。
いい終ると、
陣外には、
成都へ彼の
と、劉備は自ら心を励まし、御林の軍をひきいて、
はからずもこの附近で、呉の韓当軍と会戦した。張苞は韓当の唯一の部下
と、手を打って感嘆した。
一戦一進、蜀陣は
呉の水軍を統率していた甘寧は建業を立ってくる時から体の調子が悪く、冬に入ってはいよいよ持病に悩み、味方の
すると途中、待ち伏せしていた蜀軍の南蛮部隊が、いちどに起ってこれを猛襲した。彼の軍はその大半以上が船中にあるので従えていた部下はごく少数だった。それに蛮軍の大将
甘寧は、病床のうえに、沙摩柯の射た矢に肩を射られ、
(ログインが必要です)