第43話、兗州奪還、楊彪の陰謀
文字数 8,527文字
出稼ぎの遠征軍は、風のままにうごく。
近頃、風のたよりに聞くと、
曹操は、直感して、軍の方向を一転するや、剣をもって、兗州を指した。
またたくまに、目的の兗州へ押寄せた。
前にいる
といって、駆け出した。
見ているまに、許褚は、李封へ闘いを挑んで行った。まっすぐに近づくと、許褚は、李封を一気に斬ってしまった。
馬首を薛蘭に向けると、薛蘭は背を向け逃げ出した。逃げ出した薛蘭に向かって、曹操の陣後から、
将を失った、兗州の城は、そうして、曹操の手に還った。
曹操は、
と、
呂布の謀臣陳宮は、
と、籠城をすすめたが、
と、呂布はきかない。
例の気性である。それに、曹操の手心もわかっている。一気に撃滅して、兗州もすぐ取返さねば百年の計を誤るものだと、全城の兵をくり出して、物々しく対陣した。
呂布の勇猛は、相変らずすこしも老いていない。むしろ年と共にその騎乗奮戦の技は
と、目がけてかかった。
だが、呂布は、彼如きを近づけもしないのである。許褚は、歯がみをして彼の前へ前へと、しつこくつけ廻った。そして
そこへ、悪来
と、喚きかかったが、この両雄が、挟撃しても、呂布の戟にはなお余裕があった。
折からまた、
わが城門の下まで引揚げて来た。だが、呂布はあッと馬を締めて立ちすくんだ。こは
城門の吊橋がはね上げてあるではないか。何者が命令したのか。彼は、怒りながら、大声で、
「きのうの味方もきょうの敵ですからね。わたくしは初めから利のあるほうへ付くと明言していたでしょう。もともと、武士でもなんでもない身ですから、きょうからは曹将軍へ味方することにきめました。どうもあちらの旗色のほうが良さそうですからな。……へへへへ」
と、口を極めて罵ってみたが、どうすることもできないのみか、城壁の上の田氏は、
といよいよ、
利を
かくと聞いて、陳宮は、
と、自責にかられながらも、なんとか、呂布の家族たちの身を助けることには成功し、後から呂布を追って行った。
城地を失うと、とたんに、従う兵もきわだって減ってしまう。
(この大将に
だが、ひとたび敗軍を喫して漂泊の流軍に転落すると、大将や幕僚は、結局そうなってくれたほうが気が安かった。何十万というような大軍は養いかねるからである。いくら掠奪して歩いても、一村に千、二千という軍がなだれこめば、たちまち村の穀倉は、いなごの通った後みたいになってしまう。
呂布は、ひとまず
と、陳宮に相談した。
陳宮は、さあどうでしょう? と首をかしげて、すぐ賛成しなかった。呂布の人気は、各地において、あまり
で、一応、先に人を派して、それとなく袁紹の心を探らせてみているうちに、袁紹は伝え聞いて謀士の
審配は、率直に答えた。
袁紹は、直ちに、部下の
呂布はうろたえた。
逆境の流軍はあてなく歩いた。
そこで、呂布は、劉備のところへ使いを立てた。
劉備は、自分の領地へ、呂布一族が来て、仁を乞うと聞くと、
と、関羽、張飛をつれて、自ら迎えに出ようとした。
家臣の
糜竺はいうのである。
「呂布の人がらは、ご承知のはずです。
側にいた関羽も張飛も、
「その意見は正しい」と、いわんばかりの顔してうなずいた。
劉備玄徳も、うなずきはしたけれど、彼はこういって、
糜竺も口をつぐんだ。劉備のいうことに、間違っている点が何かあるのかというと無いのである。ただ、呂布が信用できないというその一点だけが問題なのであった。
張飛は、関羽をかえりみて、
と、
劉備は車に乗って、城外三十里の彼方まで、わざわざ呂布を迎えに行った。
呂布は、彼の謙譲を前に、たちまち気をよくして、胸を張った。
そこから劉備玄徳は先に立って、呂布の一行を国賓として城内に迎え、夜は盛宴をひらいて、あくまで篤くもてなした。
呂布は、翌る日、
と、披露して、自分の客舎に、劉備を招待したいと、使いをよこした。
関羽、張飛のふたりは、こもごも、劉備に云った。
劉備は、車の用意を命じた。
関羽、張飛も、ぜひなく供について、呂布の客舎へのぞんだ。――もちろん、呂布は非常な歓びで、下へもおかない歓待ぶりである。
と、断って、直ちに、後堂の宴席へ移ったが、日ごろ質素な劉備の眼には、
宴がすすむと、呂布は、自分の夫人だという女性を呼んで、
と、劉備に
夫人は、
呂布はまた、機嫌に乗じてこういった。
と酔うに従って、呂布はだんだんなれなれしく云った。
始終、気に入らない顔つきをして、黙って飲んでいた張飛は、突然、
と、剣を握って突っ立った。
なにを張飛が怒りだしたのか、ちょっと見当もつかなかったが、彼の権まくに驚いて、
酔った張飛が、これくらいなことを云いだすのは、歌を唄うようなものだが、彼の手は、同時に剣を抜き払ったので、馴れない者は仰天して色を失った。
劉備は、一喝に、張飛を叱りつけた。関羽も、あわてて、
と張飛を抱きとめて、壁ぎわへ押しもどした。
が、張飛は、やめない。
張飛は、憤然たるまま、ようやく席にもどったが、よほど腹が
劉備は、当惑顔に、
笑いにまぎらしながら詫びた。
呂布は、蒼白になっていたが、劉備の笑顔に救われて、
それを聞くと、張飛はまた、
と云いたげな眼光を呂布へ向けたが、劉備の顔を見ると、舌うちして、黙ってしまった。
宴は白けたまま、浮いてこない。呂夫人も、恐がって、いつの間にか姿を消してしまった。
その翌る日、呂布は少し
そして、いうには、
一銭を盗めば賊といわれるが、一国を
当時、長安の中央政府もいいかげんなものに違いなかったが、世の中の
曹操は、自分の
(乱賊を鎮定して、地方の平穏につくした功によって、
と、
で、曹操は、またも地方に勢威をもりかえして、その名、いよいよ中外に聞えていたが、そうした中央の政廟には、相かわらず、その日暮しな政策しか行われていなかった。
長安の大都は、先年革命の兵火に、その大半を焼き払われ、当年の暴宰相
けれど誰も、それを大声でいう者はない。司馬
ここに
暗に、二奸の
献帝は落涙され、
帝の内意をたしかめると、
楊彪の妻は怪しんで、良人を
楊彪は、声をひそめて、君前の密議と、意中の秘策を妻に打明けた。
楊彪の妻は、眼をまろくして、初めのうちは、ためらっていたが良人の眼を仰ぐと、くわっと、恐ろしい決意を示しているので、
と、答えた。
楊彪は、
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