第73話、孫乾の知らせ

文字数 7,913文字

 大戦は長びいた。

 黄河沿岸の春も熟し、その後袁紹(えんしょう)の河北軍は、地の利をあらためて、陽武(河南省・原陽附近)の要害へ拠陣を移した。

 曹操もひとまず帰洛して、将兵を慰安し、一日慶賀の宴をひらいた。

 その折、汝南(じょなん)(河南省)から早馬が到来して一つの変を報じた。

 汝南には前から劉辟(りゅうへき)龔都(きょうと)という二匪賊(ひぞく)がいた。もと黄巾の残党である。

 かねて曹洪(そうこう)を討伐にやってあったが、匪賊の勢いは猛烈で洪軍は大痛手をうけ、いまなお、退却中という報告であった。

「ぜひ有力な援軍を下し給わぬと、汝南地方は黄匪(こうひ)猖獗(しょうけつ)にまかせ、後々大事にいたるかも知れません」

 と、早打ちの使者はつけ加えた。

 ちょうど、宴の最中、人々騒然と議にわいたが、関羽が、


「願わくは、それがしをお遣りください」


 と、申し出た。

 曹操は、歓びながら、


「おお、関羽将軍が行けば、たちどころに平定しようが、先頃からご辺の勲功はおびただしいのに、まだ予は、君に恩賞も与えてない、ちと申し訳ない気がするな」


匹夫(ひっぷ)玉殿(ぎょくでん)に耐えずとか、生来少し無事でいると、身に病が生じていけません。百姓は(くわ)と別れると弱くなるそうですが、こなたにも無事安閑は、身の毒ですから」

 曹操は、呵々(かか)と大笑しながら、膝をたたいて、――壮なるかな、さらば参られよと、五万の軍勢を与え、于禁(うきん)楽進(がくしん)のふたりを副将として添えてやった。

 あとで、荀彧(じゅんいく)は、曹操に意見した。

「よほどお気をつけにならんと、関羽は行ったまま、兵を引き連れ、帰ってこないかも知れません。始終容子を見ているに、まだ劉備を深く慕っておるようです」

 曹操も、反省して、


「そうだ、こんど汝南から帰ってきたら、もうあまり用いないことにしよう」


 と、うなずいた。

 汝南に迫った関羽は、古刹(こさつ)の一院に本陣をおいて、あしたの戦に備えていたが、その夜、哨兵の小隊が、敵の間諜らしい怪しげな男を二名捕まえてきた。

 関羽が前に引きすえて、二名の覆面をとらせてみると、そのひとりは、なんぞ計らん、共に劉備の麾下にいた旧友の孫乾(そんけん)なので、

「やあ、どうしたわけだ」


 と、びっくりして、自身彼の(いまし)めを解き、左右の兵を退けてから、二人きりで旧情を温め合った。

 関羽はなによりも先ずたずねた。


其許(そこもと)は、家兄劉備のお行方を知っているだろう。いま何処におられるか」


「されば、徐州離散の後、自分もこの汝南へ落ちのびてきて、諸所流浪していたが、ふとした縁から劉辟(りゅうへき)龔都(きょうと)の二頭目と親しくなり、匪軍(ひぐん)のなかに身を寄せていた」

「や。では敵方か」


「ま、待ちたまえ。――ところがその後、河北の袁紹からだいぶ物資や金が匪軍へまわった。曹操の側面を衝けという交換条件で――。そんなわけで折々河北の消息も聞えてくるが、先頃、ある確かな筋から、ご主君劉備が、袁紹を頼まれて、河北の陣中におられるということを耳にした。それは確実らしいのだ。安んじ給え。いずれにせよ、ご健在は確実だからな」


 故主劉備はいま、河北に無事でいると聞いて、関羽は爛々(らんらん)たる眼に、思慕の情を燃やしながら、しばらく孫乾(そんけん)の顔を見まもっていたが、やがて大きな歓びを、ほっと息づいて、
「そうか。……ああ有難い。だがまさかおれを歓ばすために、根もない噂を聞かすのではあるまいな」
「なんの、汝南(じょなん)へきた袁紹の家臣から聞いたことだから、まちがいはない」

「天のご加護とやいわん」


 関羽は、瞼をとじて、何ものかへ、恩を謝しているふうだった。

 孫乾は、さらに声をひそめて、


「汝南の匪軍と、袁紹とは、いま云ったようなわけで、一脈のつながりがあるのだ。……だから明日の戦では、劉辟(りゅうへき)龔都(きょうと)の二頭目も、みな(いつわ)って逃げるから、そのつもりで手心よろしく攻め給え」

「何で、彼らが、偽って逃げるのか」


「匪軍の将ながら、劉辟も龔都もかねて心のうちで、ふかく其許(そこもと)を慕っておった。で、このたび関羽将軍が攻め下ってくると聞くと、むしろ歓びをなしたほどなのだ。しかし一面、袁紹と結んでいる関係もあるから、戦わぬわけにもゆかぬ」
「わかった。彼らがその心ならば、手心をしよう。それがしは平定の任を果たせばそれでよい」
「そして、一度、都へ帰られた上、二夫人を守護してふたたび汝南へ下って参られい」
「おお、一日も急ごう。……すでにご主君の居どころが分ったからには、一刻半日もじっとしていられない心地はするが、そのお居所が、袁紹の軍中だけに、もしそれがしが不意に行ったら、どんな変を生じようもはかり難い。――なにせ先に顔良、文醜などの首をみなこの関羽が手にかけておるからな」

「では、こうしましょう。……この孫乾が、先に河北へ行って、あらかじめ袁紹とその周囲の空気を探っておきます」


「む、む。それなら万全だ。身に変事のかかることは怖れぬが、彼に身を寄せ給うているご主君が心がかり……。頼むぞ、孫乾」


「お案じあるな、きっと、そこを確かめて、あなたが二夫人を守護してくるのを、半途まで出て待っていましょう」
「おお、一刻もはやく、主君のご無事なおすがたを見たいものだ。ひと目、その思いを果たせばそれだけでも、関羽は満足、いつ死んでもよい」

「なんの、これからではありませんか、関羽将軍にも似あわしくない」


「いや、気持のことだ。それほどまで待ち遠いというたまでのこと」


 陣中すでに()けている。

 関羽は、裏門からそっと、孫乾ともう一名の間諜を送りだした。


「怪しげな密談を? ……」


 と、副将の于禁(うきん)楽進(がくしん)のふたりは関羽の陣を監視させていたものからの報告を受けた。とはいえ、それだけではどうしようもなかった。

 あくる日、匪軍との戦は、予定どおりの戦となった。

 賊将の劉辟(りゅうへき)龔都(きょうと)のふたりは、颯爽(さっそう)と陣頭へあらわれたが、またすぐすこぶる大仰に関羽に追われて退却しだした。首を取る気もないが逃げるを追って、関羽も物々しくうしろへ迫った。

 すると関羽のすぐ目の前にいた龔都がふり向いて、

「忠誠の鉄心、われら土匪にすら通ず、いかで天の感応(かんのう)なからん。――君よ、他日来たまえ。われかならず汝南の城をお譲りせん」

 と、いった。

 関羽は苦もなく州郡を収めて、やがて軍をひいて都へ還った。

 兵馬の損傷は当然すくない。

 しかも、功は大きかった。曹操の歓待はいうまでもない。于禁、楽進はひそかに曹操に訴える機を狙っていたが、曹操の関羽にたいする信頼と敬愛の頂点なのを見てはへたに横から告げ口もだせなかった。


 曹操は帰還した関羽達のために宴会を開いた。

 祝盃また大杯を辞せず、かさねて、やや陶然となった関羽は、やがて、その巨躯をゆらゆら運んで退出して来た。

 大酔はしていたが、帰るとすぐ、彼は、二夫人の内院へ伺候(しこう)して、

「ただ今、汝南より凱旋いたしてござる。留守中なんのお(つつが)もなくいらせられましたか」

 と、久しぶり拝顔して、四方山(よもやま)ばなしなどし始めた。

 すると(かん)夫人は、


「将軍、(わらわ)の待ちわびていたのは、そのような世間ばなしではありません。戦いの途次、なんぞわが(つま)劉備の便りでも聞かなんだか。お行方を知る手がかりでも耳にしなかったか……」


 と、もう涙ぐんで訊ねた。

 関羽は、大々(だいだい)した腹中から、大きな酒気を吐いて、憮然(ぶぜん)と、


「その儀については、まだ手がかりもありませぬ。さりながら、この関羽がついておりますゆえ、余りにお心を苦しめたもうな。何事も、関羽におまかせあって、時節をお待ち遊ばすように」


 関羽がそういうと。甘夫人も、()夫人も、声を放って泣き悲しんだ。

 そして恨めしげに、関羽へいった。


「さだめし、わが(つま)は、もうどこかでお討死を遂げているのでしょう。それと話しては、(わらわ)たちが、嘆き悲しむであろうと将軍の胸だけに包んでいるにちがいない。……そうです、そうに違いない。……ああどうしたらよいであろう」


 こうも思い、ああも思い、女性の感傷は、纒綿(てんめん)の涙と戯れているようだった。糜夫人も、共に慟哭(どうこく)しながら、こよいの関羽の酒気をひがんで云った。


「関羽将軍も、むかしと違って、いまは曹操の寵遇(ちょうぐう)も厚く、恩にほだされて、妾たちが足手まといになって来たのでございましょう。……それならそれと云ってください。いっそのこと、将軍の剣で……妾たちのはかない生命をひと思いに」

「何を仰せられますか」


 酔も醒めて、関羽は胸を正した。そして改まって二夫人へこう諭した。


「それがしの苦衷(くちゅう)も少しはお酌みとりくだされい。曹操の恩に甘えるくらいなら何でこんな忍苦をしておりましょう。皇叔(こうしゅく)のお行方についても、曙光が見えかけておりますが、もしあなた様がたにお告げして、それがふと内走(ないそう)の下女から外にでももれては、これまでの苦心も水泡に帰するやも知れずと、実は深く秘している次第でございまする」
「えっ、何といやるか。……では、皇叔のお行方がすこしは分りかけているのですか」

「されば、河北の袁紹に身を寄せられてと、ほのかに聞き及んでおりますものの、それとてもまだ風の便り、もっと確かめてみなければわかりません」


「将軍、それは、誰に聞きましたか」


孫乾(そんけん)に出会い、かれの口から聞いたことです。やがてしかとしたことがわかれば、孫乾が、途中まで迎えに出ている約束になっております」


「そ、それでは、内院を捨てて、許都から脱れ出るおつもりか……」


「しっ……」


 関羽は不意にふり向いて、内院の(にわ)をじっと見ていた。風もないのに、そこらの樹木がさやさやと揺れたからである。


「……まだ、まだ、滅多なことを、お口に出してはいけません。再び、皇叔とご対面ある日まではじっとお身静かに、ただこの関羽をおたのみあって、何事も素知らぬふうにお暮しあれ。壁にも耳、草木にも眼がひそんでおるものと、お思い遊ばして」



 劉備が河北にいるという事実は、やがて曹操の耳にも知れてきた。

 曹操は、張遼(ちょうりょう)をよんで、


「ちか頃、関羽の容子は、どんなふうか」

 と、たずねた。張遼は、答えて、


「何か、思い事に沈んでおるらしく、酒もたしなまず、無口になって、例の内院の番兵小屋で、日々読書しております」


 と、はなした。

 曹操の胸にはいま、気が気でないものがある。もちろん張遼もそれを察して、ひどく気を(いた)めているところなので、


「近いうちに、一度てまえが、関羽をたずねて、彼の心境をそれとなく探ってみましょう」


 と、いって退がった。

 数日の後。

 張遼はぶらりと、内院の番兵小屋を訪れた。


「やあ、よくお出で下すった」


「何を読んでおられるのか」


春秋(しゅんじゅう)を」


「君は、春秋を愛読されるか。春秋のうちには、例の有名な管仲(かんちゅう)鮑叔(ほうしゅく)との美しい古人の交わりが書いてある(くだり)があるが、――君は、あそこを読んでどう思う」

「べつに、どうも」


「うらやましいとはお思いにならぬか」


「……さして」


「なぜですか。たれも春秋を読んで、管仲と鮑叔の交わりを羨望(せんぼう)しないものはない。――我ヲ生ムモノハ父母、我ヲ知ルモノハ鮑叔ナリ――と管仲がいっているのを見て、ふたりの信をうらやまぬものはないが」

「自分には、劉備という実在のお人があるから、古人の交わりも、うらやむに足りません」


「ははあ。……では貴公と劉備とのあいだは、いにしえの管仲、鮑叔以上だというのですか」


「もちろんだ。死なば死もともに。生きなば生をともに。管仲、鮑叔ごとき(たぐい)とひとつに語れませぬ」


 奔流のなかの磐石(ばんじゃく)は、何百年激流に洗われていても、やはり磐石である。張遼はかれの鉄石心にきょうも心を打たれるばかりだったが、自分の立場に励まされて、


「すでにご存じであろうが、いま劉備は河北にいます。――ご辺もやがて尋ねてゆくお考えでござろうな」
「いみじくも仰せ下さった。昔日(そのかみ)の約束もあれば、かならず約を果たさんものと誓っています。――ちょうどよい折、どうかあなたから丞相(じょうしょう)に告げてそれがしのためにお(いとま)をもらってください。このとおりお願いいたす」

 と関羽は(むしろ)に坐り直して張遼を再拝した。

 張遼は、その足ですぐ曹操の居館へいそいだ。



 関羽の心底は、すでに決まっている。彼の心はもう河北の空へ飛んでいます。――

 張遼が、そうありのままに復命することばを、曹操は黙然と聞いていたが、

「ああ、実に忠義なものだ。しかし、予の(まこと)でもなお、彼をつなぎ止めるに足らんか」


 と、大きく嘆息して、苦悶を眉にただよわせた。



 ある夜、番兵小屋をひきあげて、家にもどろうとすると、途中、物陰からひとりの男が近づいてきて、

「関羽将軍。関羽将軍……。これをあとでご覧ください」


 と、何やら書簡らしい物を、そっと手に握らせて、風のように立ち去ってしまった。

 関羽はあとで(おどろ)いた。

 彼は幾たびか独房の燈火(ともしび)をきって、さんさんと落涙しながらその書面をくり返し読んだ。

 なつかしくも、それは劉備の筆蹟であった。しかも、劉備は縷々綿々(るるめんめん)、旧情をのべた末に、

君ト我トハ、カツテ一度ハ、桃園ニ義ヲ結ンダ仲デアルガ、身ハ不肖(フショウ)ニシテ、時マタ利アラズ、イタズラニ君ノ義胆ヲ苦シマセルノミ。モシ君ガソノ地ニ於テ、ソノママ、富貴ヲ望ムナラバ、セメテ今日マデ、(ムク)イルコト薄キ自分トシテ、()(自分のこと)ガ首級ヲ贈ッテ、君ノ全功ヲ陰ナガラ祷リタイト思ウ。

書中言ヲツクサズ、旦暮(タンボ)河南(カナン)ノ空ヲ望ンデ、来命(ライメイ)ヲ待ツ。

 と、してあった。

 関羽は、劉備の切々な情言を、むしろ恨めしくさえ思った。富貴、栄達――そんなものに義を変えるくらいなら、なんでこんな苦衷(くちゅう)に忍ぼう。

「いやもったいない。自分の義は自分のむねだけでしていること。遠いお方が何も知ろうはずはない」

 その夜、関羽はよく眠らなかった。そして翌る日も、番兵小屋に独坐して、書物を手にしていたが、なんとなく心も書物にはいらなかった。

 すると、ひとりの行商人がどこから(まぎ)れこんできたか、彼の小屋の窓へ立ち寄って、

「お返辞は書けていますか」

 と、小声でいった。

 よく見ると、ゆうべの男だった。

「おまえは、何者か」
 と、ただすと、さらに四辺をうかがいながら、

「袁紹の臣で陳震(ちんしん)と申すものです。一日もはやくこの地をのがれて、河北へ来給えとお言伝(ことづ)てでございます」


「こころは無性にはやるが、二夫人のお身を守護して参らねばならん……身ひとつなれば、今でもゆくが」

「いかがなさいますか。その脱出の計は」


「計も策もない。さきに許都(きょと)へまいる折、曹操とは三つの約束をしてある。先頃から幾つかの功をたてて、よそながら彼への恩返しもしてあることだから、あとはお(いとま)を乞うのみだ。――来るときも明白に、また、去るときも明白に、かならず善処してまいる」
「……けれど、もし曹操が、将軍のお暇をゆるさなかったらどうしますか」

 関羽は、微笑して、


「そのときは、肉体を捨て、魂魄(こんぱく)と化して、故主のもとにまかり帰るであろう」

 と、いった。

 関羽の返事を得ると、陳震は、すばやく都から姿を消した。

 関羽は次の日、曹操に会って、自身暇を乞おうと考えて出て行った。

 関羽は曹操の居館を訪れ、別れの挨拶をした。

 曹操は幾分悲しげな表情を見せながら、

「惜しいかな。君と予との交わりの日の余りにも短かりしことよ。――予も、天下の宰相たり、決して昔日(せきじつ)の約束を(たが)えんなどとは考えていないが、……しかし、しかし、余りにもご滞留が短かかったような心地がする」
 といった。
「数々の大恩、感謝しても感謝しきれませぬ。さりながら今、故主の所在を知りつつ、安閑と無為の日を過して、丞相の温情にあまえているのも心ぐるしく……ついに去らんの意を決しました」
「張遼、あれを」
 かねて用意させてきた路用の金銀を、餞別(せんべつ)として、関羽に贈った。が関羽は、容易にうけとらなかった。
「滞府中には、あなたから充分な、お(まかな)いをいただいておるし、この後といえども、流寓落魄(りゅうぐうらくはく)貧しきには馴れています。どうかそれは諸軍の兵にわけてやってください」

 しかし曹操も、また、


「それでは、折角の予の志もすべて空しい気がされる。今さら、わずかな路銀などが、君の節操を傷つけもしまい。君自身はどんな困窮にも耐えられようが、君の仕える二夫人に衣食の困苦をかけるのはいたましい。曹操の情として忍びがたいところである。君が受けるのを潔しとしないならば、二夫人へ路用の餞別として、献じてもらいたい」

 と()って云った。

 関羽は、ふと、眼をしばだたいた。二夫人の境遇に考え及ぶと、すぐ断腸(だんちょう)の思いがわくらしいのである。

「ご芳志のもの、二夫人へと仰せあるなら、ありがたく(おさ)めて、お取次ぎいたそう。――長々お世話にあずかった上、些少の功労をのこして、いま流別の日に会う。……他日、萍水(ひょうすい)ふたたび巡りあう日くれば、べつにかならず、余恩をお報い申すでござろう」

 彼のことばに、曹操も満足を面にあらわして、


「いや、いや、君のような純忠の士を、幾月か都へ留めておいただけでも、都の士風はたしかに良化された。また曹操も、どれほど君から学ぶところが多かったか知れぬ。――ただ君と予との因縁(いんねん)(うす)うして、いま人生の中道に(たもと)をわかつ。――これは淋しいことにちがいないが、考え方によっては、人生のおもしろさもまたこの不如意(ふにょい)のうちにある」
 曹操は一領の錦の袍衣(ひたたれ)を取寄せ、それを関羽に餞別(はなむけ)せん――とこういった。
「秋も深いし、これからの山道や渡河の旅も、いとど寒く相成ろう。どうか旅衣として、雨露のしのぎに着てもらいたい。これくらいのことは君がうけても誰も君の節操を疑いもいたすまい」
「――せっかくのご餞別(せんべつ)、ありがたく頂戴いたします」
 曹操からもらった錦の袍をはおり、
「おさらば」
 と曹操の居館を去った。






 立ち帰ると、
「一同、院内くまなく、大掃除をせよ」

 と、命じた。

 掃除は夜半すぎまでかかった。その代りに、仄白(ほのじろ)い残月の下には、塵一つなく浄められた。

 庫内いっぱいにある珠玉金銀の(はこ)襴綾種々(らんりょうくさぐさ)緞匹(だんひつ)(こり)、山をなす名什宝器(めいじゅうほうき)など、すべての品々には、いちいち目録を添えてのこし、あとをかたく閉めた。

 次の日の朝、

「いざ、お供いたしましょう」


 一(りょう)の車に、二夫人は乗った。

 二十名の従者は、車に添ってあるいた。関羽は赤兎馬にのり、手に偃月(えんげつ)の青龍刀をかかえていた。そして、車の露ばらいして北の城門から府外へ出た。


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登場人物紹介

劉備玄徳

劉備玄徳

ひげ

劉備玄徳

劉備玄徳

諸葛孔明《しょかつこうめい》

張飛

張飛

髭あり

張飛

関羽

関羽


関平《かんぺい》

関羽の養子

趙雲

趙雲

張雲

黄忠《こうちゅう》

魏延《ぎえん》

馬超

厳顔《げんがん》

劉璋配下から劉備配下

龐統《ほうとう》

糜竺《びじく》

陶謙配下

後劉備の配下

糜芳《びほう》

糜竺《びじく》の弟

孫乾《そんけん》

陶謙配下

後劉備の配下

陳珪《ちんけい》

陳登の父親

陳登《ちんとう》

陶謙の配下から劉備の配下へ、

曹豹《そうひょう》

劉備の配下だったが、酒に酔った張飛に殴られ裏切る

周倉《しゅうそう》

もと黄巾の張宝《ちょうほう》の配下

関羽に仕える

劉辟《りゅうへき》

簡雍《かんよう》

劉備の配下

馬良《ばりょう》

劉備の配下

伊籍《いせき》

法正

劉璋配下

のち劉備配下

劉封

劉備の養子

孟達

劉璋配下

のち劉備配下

商人

宿屋の主人

馬元義

甘洪

李朱氾

黄巾族

老僧

芙蓉

芙蓉

糜夫人《びふじん》

甘夫人


劉備の母

劉備の母

役人


劉焉

幽州太守

張世平

商人

義軍

部下

黄巾族

程遠志

鄒靖

青州太守タイシュ龔景キョウケイ

盧植

朱雋

曹操

曹操

やけど

曹操

曹操


若い頃の曹操

曹丕《そうひ》

曹丕《そうひ》

曹嵩

曹操の父

曹洪


曹洪


曹徳

曹操の弟

曹仁

曹純

曹洪の弟

司馬懿《しばい》仲達《ちゅうたつ》

曹操配下


楽進

楽進

夏侯惇

夏侯惇《かこうじゅん》

夏侯惇

曹操の配下

左目を曹性に射られる。

夏侯惇

曹操の配下

左目を曹性に射られる。

韓浩《かんこう》

曹操配下

夏侯淵

夏侯淵《かこうえん》

典韋《てんい》

曹操の配下

悪来と言うあだ名で呼ばれる

劉曄《りゅうよう》

曹操配下

李典

曹操の配下

荀彧《じゅんいく》

曹操の配下

荀攸《じゅんゆう》

曹操の配下

許褚《きょちょ》

曹操の配下

許褚《きょちょ》

曹操の配下

徐晃《じょこう》

楊奉の配下、後曹操に仕える

史渙《しかん》

徐晃《じょこう》の部下

満寵《まんちょう》

曹操の配下

郭嘉《かくか》

曹操の配下

曹安民《そうあんみん》

曹操の甥

曹昂《そうこう》

曹操の長男

于禁《うきん》

曹操の配下

王垢《おうこう》

曹操の配下、糧米総官

程昱《ていいく》

曹操の配下

呂虔《りょけん》

曹操の配下

王必《おうひつ》

曹操の配下

車冑《しゃちゅう》

曹操の配下、一時的に徐州の太守

孔融《こうゆう》

曹操配下

劉岱《りゅうたい》

曹操配下

王忠《おうちゅう》

曹操配下

張遼

呂布の配下から曹操の配下へ

張遼

蒋幹《しょうかん》

曹操配下、周瑜と学友

張郃《ちょうこう》

袁紹の配下

賈詡

賈詡《かく》

董卓

李儒

董卓の懐刀

李粛

呂布を裏切らせる

華雄

胡軫

周毖

李傕

李別《りべつ》

李傕の甥

楊奉

李傕の配下、反乱を企むが失敗し逃走

韓暹《かんせん》

宋果《そうか》

李傕の配下、反乱を企むが失敗

郭汜《かくし》

郭汜夫人

樊稠《はんちゅう》

張済

張繍《ちょうしゅう》

張済《ちょうさい》の甥

胡車児《こしゃじ》

張繍《ちょうしゅう》配下

楊彪

董卓の長安遷都に反対

楊彪《ようひょう》の妻

黄琬

董卓の長安遷都に反対

荀爽

董卓の長安遷都に反対

伍瓊

董卓の長安遷都に反対

趙岑

長安までの殿軍を指揮

徐栄

張温

張宝

孫堅

呉郡富春(浙江省・富陽市)の出で、孫子の子孫

孫静

孫堅の弟

孫策

孫堅の長男

孫権《そんけん》

孫権

孫権

孫堅の次男

朱治《しゅち》

孫堅の配下

呂範《りょはん》

袁術の配下、孫策に力を貸し配下になる

周瑜《しゅうゆ》

孫策の配下

周瑜《しゅうゆ》

周瑜

張紘

孫策の配下

二張の一人

張昭

孫策の配下

二張の一人

蒋欽《しょうきん》

湖賊だったが孫策の配下へ

周泰《しゅうたい》

湖賊だったが孫策の配下へ

周泰《しゅうたい》

孫権を守って傷を負った

陳武《ちんぶ》

孫策の部下

太史慈《たいしじ》

劉繇《りゅうよう》配下、後、孫策配下


元代

孫策の配下

祖茂

孫堅の配下

程普

孫堅の配下

程普

孫堅の配下

韓当

孫堅の配下

黄蓋

孫堅の部下

黄蓋《こうがい》

桓楷《かんかい》

孫堅の部下


魯粛《ろしゅく》

孫権配下

諸葛瑾《しょかつきん》

諸葛孔明《しょかつこうめい》の兄

孫権の配下


呂蒙《りょもう》

孫権配下

虞翻《ぐほん》

王朗の配下、後、孫策の配下

甘寧《かんねい》

劉表の元にいたが、重く用いられず、孫権の元へ

甘寧《かんねい》

凌統《りょうとう》

凌統《りょうとう》

孫権配下


陸遜《りくそん》

孫権配下

張均

督郵

霊帝

劉恢

何進

何后

潘隠

何進に通じている禁門の武官

袁紹

袁紹

劉《りゅう》夫人

袁譚《えんたん》

袁紹の嫡男

袁尚《えんしょう》

袁紹の三男

高幹

袁紹の甥

顔良

顔良

文醜

兪渉

逢紀

冀州を狙い策をねる。

麹義

田豊

審配

袁紹の配下

沮授《そじゅ》

袁紹配下

郭図《かくと》

袁紹配下


高覧《こうらん》

袁紹の配下

淳于瓊《じゅんうけい》

袁紹の配下

酒が好き

袁術

袁胤《えんいん》

袁術の甥

紀霊《きれい》

袁術の配下

荀正

袁術の配下

楊大将《ようたいしょう》

袁術の配下

韓胤《かんいん》

袁術の配下

閻象《えんしょう》

袁術配下

韓馥

冀州の牧

耿武

袁紹を国に迎え入れることを反対した人物。

鄭泰

張譲

陳留王

董卓により献帝となる。

献帝

献帝

伏皇后《ふくこうごう》

伏完《ふくかん》

伏皇后の父

楊琦《ようき》

侍中郎《じちゅうろう》

皇甫酈《こうほれき》

董昭《とうしょう》

董貴妃

献帝の妻、董昭の娘

王子服《おうじふく》

董承《とうじょう》の親友

馬騰《ばとう》

西涼の太守

崔毅

閔貢

鮑信

鮑忠

丁原

呂布


呂布

呂布

呂布

厳氏

呂布の正妻

陳宮

高順

呂布の配下

郝萌《かくほう》

呂布配下

曹性

呂布の配下

夏侯惇の目を射った人

宋憲

呂布の配下

侯成《こうせい》

呂布の配下


魏続《ぎぞく》

呂布の配下

王允

貂蝉《ちょうせん》

孫瑞《そんずい》

王允の仲間、董卓の暗殺を謀る

皇甫嵩《こうほすう》

丁管

越騎校尉の伍俘

橋玄

許子将

呂伯奢

衛弘

公孫瓉

北平の太守

公孫越

王匡

方悦

劉表

蔡夫人

劉琦《りゅうき》

劉表の長男

劉琦《りゅうき》

劉表の長男

蒯良

劉表配下

蒯越《かいえつ》

劉表配下、蒯良の弟

黄祖

劉表配下

黄祖

陳生

劉表配下

張虎

劉表配下


蔡瑁《さいぼう》

劉表配下

呂公《りょこう》

劉表の配下

韓嵩《かんすう》

劉表の配下

牛輔

金を持って逃げようとして胡赤児《こせきじ》に殺される

胡赤児《こせきじ》

牛輔を殺し金を奪い、呂布に降伏するも呂布に殺される。

韓遂《かんすい》

并州《へいしゅう》の刺史《しし》

西涼の太守|馬騰《ばとう》と共に長安をせめる。

陶謙《とうけん》

徐州《じょしゅう》の太守

張闓《ちょうがい》

元黄巾族の陶謙の配下

何曼《かまん》

截天夜叉《せってんやしゃ》

黄巾の残党

何儀《かぎ》

黄巾の残党

田氏

濮陽《ぼくよう》の富豪

劉繇《りゅうよう》

楊州の刺史

張英

劉繇《りゅうよう》の配下


王朗《おうろう》

厳白虎《げんぱくこ》

東呉《とうご》の徳王《とくおう》と称す

厳与《げんよ》

厳白虎の弟

華陀《かだ》

医者

鄒氏《すうし》

未亡人

徐璆《じょきゅう》

袁術の甥、袁胤《えんいん》をとらえ、玉璽を曹操に送った

鄭玄《ていげん》

禰衡《ねいこう》

吉平

医者

慶童《けいどう》

董承の元で働く奴隷

陳震《ちんしん》

袁紹配下

龔都《きょうと》

郭常《かくじょう》

郭常《かくじょう》の、のら息子

裴元紹《はいげんしょう》

黄巾の残党

関定《かんてい》

許攸《きょゆう》

袁紹の配下であったが、曹操の配下へ

辛評《しんひょう》

辛毘《しんび》の兄

辛毘《しんび》

辛評《しんひょう》の弟

袁譚《えんたん》の配下、後、曹操の配下

呂曠《りょこう》

呂翔《りょしょう》の兄

呂翔《りょしょう》

呂曠《りょこう》の弟


李孚《りふ》

袁尚配下

王修

田疇《でんちゅう》

元袁紹の部下

公孫康《こうそんこう》

文聘《ぶんぺい》

劉表配下

王威

劉表配下

司馬徽《しばき》

道号を水鏡《すいきょう》先生

徐庶《じょしょ》

単福と名乗る

劉泌《りゅうひつ》

徐庶の母

崔州平《さいしゅうへい》

孔明の友人

諸葛均《しょかつきん》

石広元《せきこうげん》

孟公威《もうこうい》

媯覧《ぎらん》

戴員《たいいん》

孫翊《そんよく》

徐氏《じょし》

辺洪

陳就《ちんじゅ》

郄慮《げきりょ》

劉琮《りゅうそう》

劉表次男

李珪《りけい》

王粲《おうさん》

宋忠

淳于導《じゅんうどう》

曹仁《そうじん》の旗下《きか》

晏明

曹操配下

鍾縉《しょうしん》、鍾紳《しょうしん》

兄弟

夏侯覇《かこうは》

歩隲《ほしつ》

孫権配下

薛綜《せっそう》

孫権配下

厳畯《げんしゅん》

孫権配下


陸績《りくせき》

孫権の配下

程秉《ていへい》

孫権の配下

顧雍《こよう》

孫権配下

丁奉《ていほう》

孫権配下

徐盛《じょせい》

孫権配下

闞沢《かんたく》

孫権配下

蔡薫《さいくん》

蔡和《さいか》

蔡瑁の甥

蔡仲《さいちゅう》

蔡瑁の甥

毛玠《もうかい》

曹操配下

焦触《しょうしょく》

曹操配下

張南《ちょうなん》

曹操配下

馬延《ばえん》

曹操配下

張顗《ちょうぎ》

曹操配下

牛金《ぎゅうきん》

曹操配下


陳矯《ちんきょう》

曹操配下

劉度《りゅうど》

零陵の太守

劉延《りゅうえん》

劉度《りゅうど》の嫡子《ちゃくし》

邢道栄《けいどうえい》

劉度《りゅうど》配下

趙範《ちょうはん》

鮑龍《ほうりゅう》

陳応《ちんおう》

金旋《きんせん》

武陵城太守

鞏志《きょうし》

韓玄《かんげん》

長沙の太守

宋謙《そうけん》

孫権の配下

戈定《かてい》

戈定《かてい》の弟

張遼の馬飼《うまかい》

喬国老《きょうこくろう》

二喬の父

呉夫人

馬騰

献帝

韓遂《かんすい》

黄奎

曹操の配下


李春香《りしゅんこう》

黄奎《こうけい》の姪

陳群《ちんぐん》

曹操の配下

龐徳《ほうとく》

馬岱《ばたい》

鍾繇《しょうよう》

曹操配下

鍾進《しょうしん》

鍾繇《しょうよう》の弟

曹操配下

丁斐《ていひ》

夢梅《むばい》

許褚

楊秋

侯選

李湛

楊阜《ようふ》

張魯《ちょうろ》

張衛《ちょうえい》

閻圃《えんほ》

劉璋《りゅうしょう》

張松《ちょうしょう》

劉璋配下

黄権《こうけん》

劉璋配下

のち劉備配下

王累《おうるい》

王累《おうるい》

李恢《りかい》

劉璋配下

のち劉備配下

鄧賢《とうけん》

劉璋配下

張任《ちょうじん》

劉璋配下

周善

孫権配下


呉妹君《ごまいくん》

董昭《とうしょう》

曹操配下

楊懐《ようかい》

劉璋配下

高沛《こうはい》

劉璋配下

劉巴《りゅうは》

劉璋配下

劉璝《りゅうかい》

劉璋配下

張粛《ちょうしゅく》

張松の兄


冷苞

劉璋配下

呉懿《ごい》

劉璋の舅

彭義《ほうぎ》

鄭度《ていど》

劉璋配下

韋康《いこう》

姜叙《きょうじょ》

夏侯淵《かこうえん》

趙昂《ちょうこう》

楊柏《ようはく》

張魯配下

楊松

楊柏《ようはく》の兄

張魯配下

費観《ひかん》

劉璋配下

穆順《ぼくじゅん》

楊昂《ようこう》

楊任

崔琰《さいえん》

曹操配下


雷同

郭淮《かくわい》

曹操配下

霍峻《かくしゅん》

劉備配下

夏侯尚《かこうしょう》

曹操配下

夏侯徳

曹操配下

夏侯尚《かこうしょう》の兄

陳式《ちんしき》

劉備配下

杜襲《としゅう》

曹操配下

慕容烈《ぼようれつ》

曹操配下

焦炳《しょうへい》

曹操配下

張翼

劉備配下

王平

曹操配下であったが、劉備配下へ。

曹彰《そうしょう》

楊修《ようしゅう》

曹操配下

夏侯惇

費詩《ひし》

劉備配下

王甫《おうほ》

劉備配下

呂常《りょじょう》

曹操配下

董衡《とうこう》

曹操配下

李氏《りし》

龐徳の妻

成何《せいか》

曹操配下

蒋済《しょうさい》

曹操配下

傅士仁《ふしじん》

劉備配下

徐商

曹操配下


廖化

劉備配下

趙累《ちょうるい》

劉備配下

朱然《しゅぜん》

孫権配下


潘璋

孫権配下

左咸《さかん》

孫権配下

馬忠

孫権配下

許靖《きょせい》

劉備配下

華歆《かきん》

曹操配下

呉押獄《ごおうごく》

典獄

司馬孚《しばふ》

司馬懿《しばい》の弟

賈逵《かき》


曹植


卞氏《べんし》

申耽《しんたん》

孟達の部下

范疆《はんきょう》

張飛の配下

張達

張飛の配下


関興《かんこう》

関羽の息子

張苞《ちょうほう》

張飛の息子

趙咨《ちょうし》

孫権配下

邢貞《けいてい》

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