第73話、孫乾の知らせ
文字数 7,913文字
大戦は長びいた。
黄河沿岸の春も熟し、その後
曹操もひとまず帰洛して、将兵を慰安し、一日慶賀の宴をひらいた。
その折、
汝南には前から
かねて
「ぜひ有力な援軍を下し給わぬと、汝南地方は
と、早打ちの使者はつけ加えた。
ちょうど、宴の最中、人々騒然と議にわいたが、関羽が、
と、申し出た。
曹操は、歓びながら、
曹操は、
あとで、
曹操も、反省して、
と、うなずいた。
汝南に迫った関羽は、
関羽が前に引きすえて、二名の覆面をとらせてみると、そのひとりは、なんぞ計らん、共に劉備の麾下にいた旧友の
と、びっくりして、自身彼の
関羽はなによりも先ずたずねた。
「ま、待ちたまえ。――ところがその後、河北の袁紹からだいぶ物資や金が匪軍へまわった。曹操の側面を衝けという交換条件で――。そんなわけで折々河北の消息も聞えてくるが、先頃、ある確かな筋から、ご主君劉備が、袁紹を頼まれて、河北の陣中におられるということを耳にした。それは確実らしいのだ。安んじ給え。いずれにせよ、ご健在は確実だからな」
関羽は、瞼をとじて、何ものかへ、恩を謝しているふうだった。
孫乾は、さらに声をひそめて、
陣中すでに
関羽は、裏門からそっと、孫乾ともう一名の間諜を送りだした。
と、副将の
あくる日、匪軍との戦は、予定どおりの戦となった。
賊将の
すると関羽のすぐ目の前にいた龔都がふり向いて、
と、いった。
関羽は苦もなく州郡を収めて、やがて軍をひいて都へ還った。
兵馬の損傷は当然すくない。
しかも、功は大きかった。曹操の歓待はいうまでもない。于禁、楽進はひそかに曹操に訴える機を狙っていたが、曹操の関羽にたいする信頼と敬愛の頂点なのを見てはへたに横から告げ口もだせなかった。
曹操は帰還した関羽達のために宴会を開いた。
祝盃また大杯を辞せず、かさねて、やや陶然となった関羽は、やがて、その巨躯をゆらゆら運んで退出して来た。
大酔はしていたが、帰るとすぐ、彼は、二夫人の内院へ
と、久しぶり拝顔して、
すると
と、もう涙ぐんで訊ねた。
関羽は、
関羽がそういうと。甘夫人も、
そして恨めしげに、関羽へいった。
「さだめし、わが
こうも思い、ああも思い、女性の感傷は、
酔も醒めて、関羽は胸を正した。そして改まって二夫人へこう諭した。
関羽は不意にふり向いて、内院の
「……まだ、まだ、滅多なことを、お口に出してはいけません。再び、皇叔とご対面ある日まではじっとお身静かに、ただこの関羽をおたのみあって、何事も素知らぬふうにお暮しあれ。壁にも耳、草木にも眼がひそんでおるものと、お思い遊ばして」
劉備が河北にいるという事実は、やがて曹操の耳にも知れてきた。
曹操は、
と、たずねた。張遼は、答えて、
と、はなした。
曹操の胸にはいま、気が気でないものがある。もちろん張遼もそれを察して、ひどく気を
と、いって退がった。
数日の後。
張遼はぶらりと、内院の番兵小屋を訪れた。
奔流のなかの
と関羽は
張遼は、その足ですぐ曹操の居館へいそいだ。
関羽の心底は、すでに決まっている。彼の心はもう河北の空へ飛んでいます。――
張遼が、そうありのままに復命することばを、曹操は黙然と聞いていたが、
と、大きく嘆息して、苦悶を眉にただよわせた。
と、何やら書簡らしい物を、そっと手に握らせて、風のように立ち去ってしまった。
関羽はあとで
彼は幾たびか独房の
なつかしくも、それは劉備の筆蹟であった。しかも、劉備は
君ト我トハ、カツテ一度ハ、桃園ニ義ヲ結ンダ仲デアルガ、身ハ
書中言ヲツクサズ、
と、してあった。
関羽は、劉備の切々な情言を、むしろ恨めしくさえ思った。富貴、栄達――そんなものに義を変えるくらいなら、なんでこんな
その夜、関羽はよく眠らなかった。そして翌る日も、番兵小屋に独坐して、書物を手にしていたが、なんとなく心も書物にはいらなかった。
すると、ひとりの行商人がどこから
と、小声でいった。
よく見ると、ゆうべの男だった。
関羽は、微笑して、
と、いった。
関羽の返事を得ると、陳震は、すばやく都から姿を消した。
関羽は次の日、曹操に会って、自身暇を乞おうと考えて出て行った。
曹操は幾分悲しげな表情を見せながら、
しかし曹操も、また、
と
関羽は、ふと、眼をしばだたいた。二夫人の境遇に考え及ぶと、すぐ
彼のことばに、曹操も満足を面にあらわして、
と、命じた。
掃除は夜半すぎまでかかった。その代りに、
庫内いっぱいにある珠玉金銀の
次の日の朝、
一
二十名の従者は、車に添ってあるいた。関羽は赤兎馬にのり、手に
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