第22話、董卓の野心
文字数 5,255文字
洛陽の
帝と皇弟の車駕も、かくて無事に宮門へ還幸になった。
と、共に相擁したまま、しばらくは
そして太后はすぐ、
と、帝のお手にそれを戻そうとして求めたが、いつのまにか紛失していた。
伝国の玉璽が見えなくなったことは漢室として大問題である。だがそれだけに、絶対に秘密にしていたが、いつか洩れたとみえてひそかに聞く者は、
「ああ。またそんな
「寄るな」
「咎められるな」
人民は
その頃、
後軍の校尉
煮え切らない様子だった
鮑信は、同じようなことを、司徒の
網をたずさえた
鮑信は、嫌になって、自分の手勢だけを
去る者は去り、
董卓の性格は、その軍に、彼の態度に、ようやく露骨にあらわれてきた。
翌日。温明園で大宴会がひらかれた。招きの主人名はいうまでもなく董卓である。ゆえに、その威を怖れて欠席した者はほとんどなかった。文武の百官はみな集まった。
「みなお揃いになりました」
侍臣から知らせると、董卓は容態をつくろって、
美酒玉杯、数巡して、
董卓は立って、おもむろにこう発言した。
なにをいうのかと、一同は静まり返った。董卓はその肥満した体をぐっとそらすと、
「予は思う。天子は
大問題だ。
聞く者みな色を
董卓は、
驚くべき大事を、彼は宣言同様にいいだしたのである。広い大宴席に
すると、百官の席のうちから、突として誰か立つ音がした。一斉に人々の首は彼のほうを見た。
董卓はくわっと睨めて、
皮肉ると、董卓は、
袖をはねて、
丁原は、びくともしなかった。
それも道理、彼のうしろには、一個の偉丈夫が儼然と立っていて、
(丁原に指でもさしてみろ)といわんばかり恐ろしい顔していた。
董卓の股肱として、常に秘書のごとく側へついている
董卓も、気づいたので、不承不承、剣の柄から手をさげた。しかしどうも、丁原のうしろに立っている男が気になってたまらなかった。
――けれど、董卓の野望は、丁原に反対されたぐらいで、決してしぼみはしなかった。
大饗宴の席は一時、そんなことで白け渡ったが、酒杯の交歓ひとしきりあると、董卓はまた立って、
と、重ねて
すると、席にあった中郎将
なにか、故事をひいて、学者らしく諫言しかけると、董卓は、
と激怒して、周囲の武将をかえりみ、
と指さし震えた。
けれど、李儒は、押止め、
董卓は、またつづけざまに怒号した。
もう、誰も止めなかった。
盧植は、官を逐われた。この日から先、彼は世を見限って、
それは、さておき、饗宴もこんなふうで、殺伐な散会となってしまった。帝位廃立の議は、またの日にしてと、百官は逃げ腰に閉会の乾杯を
司徒
ところが。
最前から轅門の外に、黒馬に踏みまたがって、手に
ちらと、董卓の眼にとまったので、彼は
聞いていた董卓は、にわかに恐れを覚え、あわてて園内の一亭へ隠れこんでしまった。
重ね重ね彼は呂布のために丁原を討ち損じたので、呂布の姿を、夢の中にまで大きく見た。どうも忘れ得なかった。
するとその翌日。
こともにわかに、丁原が兵を率いて、董卓の陣を急に襲ってきた。彼は聞くや否や、大いに怒って、たちまち身を鎧い、陣頭へ出て見ていると、たしかに昨日の呂布、黄金の兜をいただき、百
その日の戦いは、
と討ってかかった。
董卓は、一言もなく、敵の優勢に怖れ、自身の恥ずる心にひるんで、あわてて味方の楯の内へ逃げこんでしまった。
そんなわけで董卓の軍は、その日、士気のあがらないことおびただしく、董卓も腐りきった態で、遠く陣を退いてしまった。
夜――
本陣の燈下に、彼は諸将を呼んで嘆息した。
すると、諸将のうちから、
と、いった者がある。
人々がかえりみると、
「幸いにも、私は、呂布と同郷の生れです。彼は勇猛ですが賢才ではありません。彼は養父の元でくすぶっており、武人であるが故に、名馬に目がありません。以上の二品に、私の持っている三寸
まだ迷っている顔つきで、董卓は、側にいる
金は良いが、馬をやるのはおしかった。
赤兎は稀代の名馬で、一日千里を走るといわれ、馬体は真っ赤で、風をついて
すると李儒は、
董卓は大きくうなずいて、李粛の献策を容れることにし、秘蔵の名馬
李粛は、二人の従者にその名馬をひかせ、金銀珠玉をたずさえて、その翌晩、ひそかに呂布の陣営を訪問した。
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