第22話 目的

文字数 1,477文字

アーサー達がピウス家に戻ってきたのは、連邦捜査官が去って、二十分ほどしてから。
二人が抱える買い物袋からはみ出す御菓子は、マテウスのためである。
小刻みに足踏みをしたマテウスは、両手で顔を押さえて、絶叫した。

ヘクトルは、大人三人を集めると、連邦捜査官との会話について、一通りの説明を終えた。
「連邦捜査官が言う限り、クローンの話は、あながち嘘じゃない。」
アーサーは記憶力がいい。
「スカーレットだっけ。」
「そう。メディカル・リサーチ社の。連邦捜査官にも会いに行ったらしい。」
ヘクトルが頷くと、アーサーが言葉を続けた。
「会社に行くか?」
頭に浮かんだスカーレットの会社は、天をつく超高層ビルである。
ビクトリアの視線を感じて、口を開いたのはヘクトル。
「確かに、彼女は何かの事件に関係してるかもしれない。ただ、会社ぐるみで本当に何かやってても、この三人だけでそれが分かるとも思わない。あの会社のことは、連邦捜査官に任せるしかない。」
アーサーは、大きく頷いた。
「じゃあ、連邦捜査官と話した成果は、そのスカーレットが会社ぐるみで怪しいことと、双子がクローンになったことぐらいかな。」
それでも大事件だが、アーサーの判断はヘクトルよりも数段甘い。妻をなくしたヘクトルとの違いである。
「いや、僕の知る限り、僕達は少なくとも三つ子、三人のクローンだ。スカーレットの昔の男がいる。」
アーサーが眉を上げると、ヘクトルは頷いて、話を続けた。確かに、初耳の筈である。
「それに、スカーレットが言うには、エミリーは五つ子以上で、ビクトリアを入れると六つ子以上だ。」
アーサーとビクトリアは、静かに笑い始めた。確かに、冗談にしか聞こえない。
二人がどう思ったかは別にして、クローンの話にリアリティがあれば、ヘクトルはアーサー夫婦にまだ話していないことがある。
「スカーレットは、ラファエルという学者を探してると言ってた。専門はクローンだ。」
新しい名前に、二人の眉が顔を見合わせても、ヘクトルの話は止まらない。
「彼女には怪しいところがあるけど、僕が話した感じでは、多分、嘘はついてない。もしも、彼女が監禁事件に関係してても、ラファエルとのつながりを探してるだけで、僕達とは関係ない話だと思う。」
アーサーが笑った。
「何か、ラファエルはヤバそうだな。」
ヘクトルが頷くと、ビクトリアが口を挟んだ。
「スカーレットに会って、一緒に調べたら?」
彼女が誰とでも会おうとするのは、平和ボケではなく、最底辺を知っているからだが、ヘクトルは彼女を分かっていない。
「今、会っても、僕達だけだと、大して意味はない。彼女一人に限れば、成行きに任せればいいと思う。」
改めて、話してみて、ヘクトルの頭はクリアになった。
連邦捜査官の登場で知った犯罪の臭いを避けると、問題はごくシンプルなのである。
混乱の理由は、ヘクトルがエミリーのための戦いの真っただ中にいたこと。
そして、ヘクトルが先にスカーレットと会ってしまったこと。
空の菓子袋を散らかし続けるマテウスを眺めたヘクトルは、自分の頭に浮かんだ答えを確かめたくなった。
「思い出そう。僕達の目的は?」
アーサーが笑顔で答えた。
「いい質問だ。それは、自分達が何者で、何に動かされてるのか知ることだ。僕はこの答えが好きだ。」
ヘクトルは、期待通りの答えに頷いた。
犯罪者を捕まえる気など、一切ない。何がどういう事なのか、知りたいだけなのである。
逆に、何も知らないアーサーの頭は、最初から整理されていたかもしれない。
ヘクトルは、自分自身とアーサー夫婦に向けて話しかけた。
「自分達に出来ることをやろう。」
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