第21話 尋問

文字数 2,367文字

アーサー夫婦が家を離れると、入替りに玄関のチャイムが鳴った。
ロレンツォとニコーラ。連邦捜査官の登場である。
「今、出ます。」
インターカムで答えたヘクトルが扉を開けると、まずは身なりがいい二人が笑顔で待っていた。
「初めまして。連邦捜査官のロレンツォ・デイビーズです。彼はニコーラ・バルドゥッチ。」
IDを見せる動きも早い。
「ヘクトルです。どうぞ、中へ。」
笑顔のヘクトルに迎え入れられると、二人は、颯爽と客間に歩き、ソファに身を沈めた。
ヘクトルはお茶を煎れにキッチンへ。残された二人の前に現れたのは、マテウスである。
「こんにちは。」
「お邪魔します。」
ロレンツォとニコーラが微笑むと、マテウスはルーティンに入った。
「僕、マテウス。三歳。遊ぼう。」
珍客に笑う二人の顔を順に見つめると、マテウスは笑顔の大きいニコーラの前に座り、ブレインを広げた。
「僕の負けだ。」
ロレンツォが笑うと、ニコーラはマテウスの鼻を指で軽く突いた。
「いいけど、多分、おじさんは強いぞ。」
「叩き潰してやる。」
口を開いたマテウスの目は、準備を進める自らの小さな手元に釘付けである。
ロレンツォとニコーラの笑いは、更に大きくなった。

気分でニルギリを煎れたヘクトルが戻ってくると、ロレンツォは本題を切出した。ニコーラはマテウスの世話係である。
「奥様の襲撃犯に会いましたよ。」
ヘクトルは、彼の中での間違いを訂正した。
「殺人犯です。」
頷いたロレンツォは、何を正すわけでもなく、言葉を続けた。
「彼は、長い間、奥様のせいで監禁されたので、奥様の真意を確認したくて、お二人に会いに行っただけだと言ってます。」
「監禁。エミリーが?」
ロレンツォにとって、別に珍しくない反応である。
「彼女がしたとは言ってません。関係があるのではないかと。」
何ならヘクトルも疑っているロレンツォの前で、ヘクトルは声量を上げた。
「ばかな。僕らはずっと一緒にいた。」
口元に人差し指を当てたのはロレンツォ。内容が分からなくても、同じテーブルにマテウスが座っているのである。
ロレンツォは、笑顔で言葉を続けた。
「ずっとと言っても、あなたは働いてる。二十四時間一緒というわけではないでしょう。」
ヘクトルの答えは早い。
「彼女に限って、そんなことは…。」
「それは、皆が言うからやめましょう。」
ヘクトルの言葉を遮ったロレンツォは、次の質問を選んだ。
「警察の記録を見ましたよ。ストーカーの件で一度警察に通報されていますよね。」
仕事柄、犯罪者との関りがなくはないヘクトルの日常の一頁である。
「それが、監禁事件と何の関係があるんですか。」
ヘクトルの顔が疑問符で覆われたのを目にすると、ロレンツォは首を傾げた。
「こちらが聞きたい。」
ヘクトルに黙る理由はない。
「それは向こうが一方的にエミリーに付き纏ってただけで。結婚してると言っても、家まで来たから。」
事実であるが、ロレンツォは小さく笑った。きっかけがゼロでなければ、犯罪は起きるのである。
「そりゃあ、怖いですね。」
「ええ。迷惑でしたが、一度で済みました。」
「誰かに頼んで、監禁したくなりませんでしたか?」
ロレンツォは、ヘクトルの我慢の限界を狙っている。バランスを変える刺激が必要なのである。
「まさか、僕を?」
ロレンツォは、もう一つ錘を載せた。
「お顔が広い様ですし。根気もすごい。」
「そりゃあ…。」
ヘクトルは呆れた。機械の様な侮辱に、怒る気もしない。
攻撃してもインテリが怒らないのは危険の予兆である。
ヘクトルを弁護士と知るロレンツォは、訴訟を避けるために早目に錘を避けた。
「それは確かにない。ないでしょう。通過儀礼ですから、気にしないで下さい。」
小さな変化に、顔を上げたニコーラが二人を見ると、マテウスの顔も続いた。
目立った何があるわけでもなく、ニコーラが視線を戻すと、やはりマテウスも続き、ブレインは再開された。
ロレンツォの質問は終わらない。
「ヒュドールは知ってますか?」
「名前だけ。」
ヘクトルが即答すると、ロレンツォは質問を重ねた。
「メディカル・リサーチ社は?」
ヘクトルの中で関係があるのはスカーレットだけであるが、知っている。
表情に出たのか、ロレンツォは言葉で追いかけた。
「何か?」
ヘクトルに隠す理由はない。
「本当に最近ですが、その会社の人に会いました。」
「どんな人?」
問題はどこまで話すかである。ブタの件は、多分、無理。
「スカーレット・アーキンと言う女性です。それが変なんです。僕と妻が、クローン技術のせいで、何かのトラブルに巻込まれてるとか。信じますか?」
ロレンツォが深い溜息をつくと、ニコーラとマテウスも顔を上げ、ヘクトルとロレンツォを見た。当然、マテウスは何も分かっていない。
ロレンツォは、スカーレットがヘクトルと会ったことを隠していたことで、一気に疲れたのである。そもそも、狂った事件である。先入観があると、すべてが思わぬ方向に転がってしまう。
ロレンツォは、スカーレットが曲げたかもしれない事件の枠組みを正しにかかった。
重要なことである。
「クローン技術はね。それはヒツジで出来たんだから、人間でも出来るんですよ。ただ、不意に流産するから、駄目って言う。つくる方が耐えられない。本人の良心と周りのプレッシャー。何ならプレッシャーだけ。壁はそれだけです。」
ヘクトルは、おそらくは一番信用できそうな連邦捜査官の説明に聞き入った。
「実はね。その女性は僕達のところにも来たんです。詳しくは言えませんが、彼女の会社は、既に捜査線上に上がってます。僕達からすると、彼女はかなり変です。あなたの直観は正しい。同感ですよ。」
何度も頷くヘクトルを見ると、ロレンツォは身を乗り出した。
「ピウスさん。あなたの協力が必要です。」
ニコーラとマテウスが真剣な目で見守る中、ヘクトルとロレンツォは見つめ合った。
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