第51話 疑惑

文字数 1,853文字

その日のニコーラは、押収品の管理室に直行した。
押収品リストがこの捜査局のものか、確認するためである。
「ニコーラ。ざまあないな。」
受付にいたのはベテランのペリー。糖尿で内勤一筋の彼は同情の的だったが、今日のニコーラの方が、遥かに状態が悪い。
「ほざけよ。」
ニコーラは、カウンターでリストを滑らせた。
「何だ、これは?」
「仕事だ。」
「くたばれ。」
元気なペリーに、ニコーラは小さく笑った。
「番号と品名が合ってるか、見てくれないか。」
「何だ。俺の後釜になる気か。」
「別にあんたのせいにするつもりはない。事実が知りたいだけだ。」
「同じ事だ。」
短く答えたペリーは、眼鏡をかけるとパソコンに向かった。
そうは言っても調べるのが、彼がここを任される所以である。
そのほんの短い間に、ニコーラはまた幻覚を見た。
激しく揺れ動く人影。
脳のトラブルである。流石に慣れてきたニコーラは、カウンターに手を付き、視界の揺れが収まるのを待った。
「どうした、大丈夫か。」
検索は一瞬で終わった様である。
「あんたこそ。」
ペリーは小さく笑った。
「言っとけ。お前の欲しい答えを教えてやる。」
ニコーラが、顎を上げて、頭痛に耐えると、ペリーは言葉を続けた。
「この番号には、別の押収品が登録されてる。ただ、番号はここのだ。悪戯でこんな物をつくる奴はいない。」
ニコーラは目を細めた。喋るのはペリー。
「お前が騒げば事件になる。どうする。俺を切るのか。」
ニコーラは、小さく笑った。

待合室のソファは、比較的、座り心地がいい。
別に休んでいても構わないニコーラは、しかし、遠くを歩く管理官を見つけると、揺れながら近寄った。
彼の姿が視界に入ると大抵の人間は振返るが、管理官も例外ではなかった。
「どうしたニコーラ。」
管理官は、立っているだけでも頼もしい。
ニコーラは、誰もいないガラス張りの会議室を、黙って指さした。

口を開いたのは管理官。
「あと十分で次の打合せだ。端的に。」
ニコーラは、小さく頷くと、本題を切り出した。
「今、調べてる最中ですが、局内で押収品の横流しが行われている可能性があります。」
ペリーには申し訳ないが、黙っていられないのがニコーラである。
一瞬、時間の止まった管理官は、会議室の外に目をやった。
管理官が受け入れれば、扉の先の世界は大騒ぎになる。それは確かである。
管理官は、首を傾げたが、静かに口を開いた。
「何か証拠でもあるのか?」
一番大事なことである。喋るのはニコーラ。
「リストです。」
「リスト?」
「家にありました。銃や車のリストで、番号が入っています。さっき、確認しましたが、ここのもので間違いありません。」
「それは、君がリストを持ち出したということでは…。」
「ええ、ありません。番号の付け方は同じなんですが、現物が違うんです。」
管理官は、真剣な表情でニコーラを見つめた。
「心当たりは?」
「ありません。」
ニコーラが即答すると、管理官は首の角度だけを変えた。
明らかに管理官は困っている。ニコーラは説明を続けた。
「見方は二つです。これが全くの出鱈目という見方と、リストがすり替えられたという見方です。僕が襲われた事を考えると、すり替えた可能性が高いと思います。」
何度も頷いたのは管理官。誰がどう考えてもそうである。
管理官は、ニコーラの推理が終わると、部屋の外を眺め、やがて口を開いた。
「君の感は正しい。」
管理官が顎で指したのは、ガラスの向こうを歩く髭面のマックス。
「その件は、今、マックスが捜査中だ。」
管理官は、知らない振りをしていただけ。極秘捜査の内容を打ち明けていいか、試していたのである。
ニコーラは、小さく微笑んだ。マックスは信頼できる男。管理官もついていれば、何の問題もない。
「容疑者はいるんですか。」
ニコーラの問いかけに、管理官は僅かな躊躇いを見せたが、間もなく、ニコーラを温かい目で見つめた。
「ケリーだ。ほぼ証拠は掴んでる。近々、逮捕する。」
ニコーラに、思った程の驚きはなかった。
ケリーが、昨日、不意に自宅を訪ねてきたのは、ニコーラを監視しているから。
何かを壊すのが分かったなら、盗聴か盗撮の線は硬い。
変に馴れ馴れしいのは、仲間が拷問までしたから。
思い出したのは、意識が戻った後の第一印象。ニコーラには、彼女が相棒と思えなかった。記憶をなくす前の強烈なイメージのせいである。
真実に行き着いた時、想像は全てつながるもの。
今がその時である。
しかし、ニコーラの目の前は真っ暗になった。
きっと、相棒の裏切りを確信したせいで、ニコーラの頭は深く傷ついたのである。
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