第27話 消散

文字数 1,964文字

潜入当日。
ヒュドール・リサーチ&エンジニアリングの前に揃ったのは四台の車と六人。
スカーレットは前日入りだが、他の五人は長距離のドライブにそれなりに疲れていた。
スーツではないロレンツォとニコーラは普通の若者。
どう見ても、スカーレットにエスコートされた研究者。狙い目である。
スカーレットは、ゲスト・コードを皆に配ると、車を走らせた。
目指すのは爆発事故のあった研究棟である。
疎らに歩く人影を眺めながら、鬱蒼と茂るグリーンの森林を徐行した四台は、駐車場に滑り込んだ。
ここからは、ロレンツォとニコーラの記憶の方が新しい。
長すぎる渡り廊下だが、無駄に話せる程の心の余裕はない。
ただ、ニコーラがお気に入りの花を静かに教えると、ヘクトルは小さく微笑んだ。

間もなく辿り着いた現場は、この間と一緒。
ロレンツォとニコーラが訪問した時と、何も変わらなかった。
実験室の前室とは名ばかり。
家一軒は入りそうな吹抜けに散らばるゴミの山。
キープ・アウトのテープがなくても、近寄る気にはなれない。
ロレンツォとニコーラは、廊下の先を見渡した。人の姿はない。
今回は、広報担当もいないので、邪魔も入らない。
ロレンツォは、ナイフを取り出すと、スカーレットを見た。
「やるぞ。」
「駄目って言いましょうか。」
小さく笑ったロレンツォは、大きくナイフを滑らせ、すべてのテープを切った。
スカーレットは入口で足を止め、五人が部屋に入った。
違和感なく、見張りが出来るのは、彼女しかいないからである。
ヘクトルにアーサーにビクトリア。素人の三人は、まずは部屋全体を見回した。
何から手をつけていいのか。何なら、手をつける必要はないのである。
戸惑う彼らに声をかけたのはニコーラ。
「何もしなくていいですよ。一緒に帰ってくれるだけで十分です。」
親切なアドバイスである。
三人が微笑むと、ニコーラは奥の扉を目指して歩き出した。その先が気になったのである。
ロレンツォは、まずは壁に張り付いた。爆発の前の状態が気になったのである。
木片に電化製品。すべては残骸。
一つ一つを見ていると、きりがない。
ロレンツォの頭に過ったビジョン。
家が入りそうというよりは、家そのものがあった。
その可能性が高いが、取敢えず異常である。
途方に暮れたロレンツォが天井を見上げた、その時である。
ただ、部屋の中を眺めるヘクトル達の目の前で、ニコーラが姿を消した。
多分、吸い込まれる様に。
直後に三人を煽ったのは強い風。
「ヘイ、ヘイ、ヘイ、ヘイ。」
アーサーが声を上げると、ロレンツォは三人を見た。
アーサーが歩き始めた途端、声を上げたのはスカーレット。
「動かないで。」
言われなくても、ヘクトルとビクトリアは動けない。
アーサーが振向くと、ロレンツォが口を開いた。一般人に丁寧語を忘れたのは、久しぶりである。
「何があったんだ!」
「消えた!」
アーサーが即答すると、ビクトリアも言葉を続けた。夫の正気を訴えたのである。
「本当に消えたわ!」
「僕も見た!」
ヘクトルも続くと、ロレンツォはスカーレットを見た。
頼みは彼女だけ。
しかし、スカーレットは、ゆっくりと顔を横に振った。つまり、そういう事である。
ロレンツォは、アーサーを呼んだ。
「ニコーラはどこで消えた!」
目を見開いたアーサーは、ゆっくりと歩き出し、ロレンツォはその後に続いた。
「気を付けて!」
スカーレットの無駄な注意を聞き流したロレンツォは、足を止めたアーサーが手で制すると動きを止め、目を細めた。
そこにあるのは空気。無。何もない。
きっと、いつものロレンツォなら、そう思った筈である。
しかし、今この瞬間のロレンツォは、ニコーラのために、目を凝らした。
きっと、何かがある。何もない筈はないのである。
やがて、ロレンツォは、小さな小さな違和感に気付いた。
おそらく、彼が生まれてから一度も見たことがない異変。
あるのか、ないのか。はっきりとは分からないが、多分、点。色はブラック。
ブラック・ドットである。

自分の記憶を辿ったロレンツォは、五秒で諦めると、コインを取出した。
ニコーラが消えた場所か確認する。それが一番である。
ロレンツォは、狙いを定めると、つまんだコインをブラック・ドットの上で止めた。
ロレンツォは、手を伸ばしきってから、自分の無知のなせる業に感心した。
次である。
ロレンツォが指を離すと、コインは重力のままに落ち、間もなく、ブラック・ドットに当たると、吸込まれる様に消えた。
返ってきた風がさっきより遥かに弱いと分かったのは、アーサーだけである。
ロレンツォは、振り返るとスマートフォンを取出した。
「君も離れろ。」
言葉の先は、アーサーである。
ロレンツォは、他に何を言うこともなく、管理官に電話を入れた。
連邦捜査局が現地を隔離したのは三十分後。
ヘクトル達は、長い聴取を受け、日付が変わってから、家路に着いた。
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