第5話 宇宙

文字数 2,255文字

洋室の四人。
数日が過ぎ、アイクが何となく、この生活に慣れた頃。
ジョンが、これまで隠していた癖のある会話の封印を解いた。
「もしも宇宙人の仕業だったらどうしようとか思わないか?」
コービンが答える。
「聞こうか。」
アイクは二段ベッドに横たわっていたが、他の三人は丸机に集まった。
ブレンダンが煎れたコーヒーの香りは、香ばしく、ジューシー。
釣られそうになったアイクは、取敢えずベッドで様子を見ることにした。
口を開いたのはジョン。教師と言う彼は、二人の聴衆の顔を見ながら話す。身振りも大きい。
「彼女が宇宙人の手先で、何かのテストで僕達が合格した。そして、僕達を観察することで、地球人と接触する方法を探っているんだ。」
事実とすれば結構な大事件だが、ジョンはうれしそう。つまり、これは余興。暇つぶしなのである。
慣れているらしいコービンは、普通に言葉を返した。
「もう彼女がいるのにかい?タイミングが違うんじゃないか?」
それは、ジョンの予想通りの答え。
「バリエーションの問題だ。地球人に対する宇宙人の比率が増えすぎると、一つのタイプだけじゃあ、不自然になるだろう。定期的に何人か誘拐して、種類を増やすんだ。」
何かが響いたのか、コービンはジョンの話を少しだけ広げた。
「比率とかの問題じゃあなくて、周囲の人間が気付いたら終わりだ。一人誘拐する度に入替わるのが、自然な気がする。」
コーヒーを一口飲んだブレンダンが、コーヒー・カップを手に尋ねた。
「宇宙人が地球に来ているとして、目的は何ですか?」
「環境問題だな。」
ジョンが即答すると、コービンとブレンダンは笑った。
ブレンダンはクスクスと笑うが、コービンの笑い声は大きく、場が明るくなる。
言った本人であるジョンは、釣られて笑いながら、説明を加えた。
「でも、そうだろう。自分の星を出るなんて、怖くて無理だから。それは、住めなくなったんだろう。」
コービンは、ジョンの仮説を仕上げにかかった。
「住めなくなるのはそうだろうけど、その理由は環境問題に限定されない。追放とか、戦争とか。」
ジョンとコービンの不毛な会話は続く。先手はジョンである。
「ありえる。宇宙人同士の抗争も絡んでるかもしれない。地球人も交えて、三つ巴とか。」
「よく言うけど、地球に来る時点で地球人の技術力を超えているんだから、戦っても勝ち目はないだろう。地球の危機だ。」
「一体どういう宇宙人を想像しているんだ。たとえば、無茶苦茶小さくて、移動手段だけすごいかもしれないじゃないか。あと、形のないエネルギー生命体で、移動は瞬間的に出来るけど、物理的に攻撃できないとか。」
「それじゃあ、抗争のかたちも変わってくるな。」
「そう、全ての既成概念を捨てて、考える必要がある。」
コービンは、ジョンの話を現実に引戻しにかかった。コービンは何にでも付合うが、技術者の彼は、フィクションがそれ程好きではないのである。
「昔、Nが宇宙人の探索をやめたのは何故か知っているかい?」
アイクは、ベッドから少しだけコービンを見た。
ジョンとブレンダンが止まるのを見ると、満足したコービンは答えを披露した。
「カメラで探しても、虫やタコみたいなのが見えなかったからなんだ。」
ジョンが呆れ、ブレンダンが微笑むと、コービンがトリビアの解説にかかった。
「結局、生き物の定義が十分に出来てなかったんだ。哲学の話は別にして、自分達で増えることが出来るかとか、そんな話だったと思うんだけど。バクテリアとかも生き物に含めると、もうラボじゃあ人工的に生き物をつくっていて。つまり、偶然、宇宙に生き物がいる可能性は、今じゃあ否定できなかった筈だ。」
ブレンダンは、首を傾げて、ジョンとコービンを見た。
「何か、少なくとも宇宙人がいることが前提になりましたね。」
気分が出て来たジョンは、改めて、宇宙人陰謀論を展開した。
「だから、カメラに映らないぐらい小さい宇宙人が、環境問題のせいで自分の星を追われて、地球をのっとりに来るんだ。それで、地球人を研究して、少しずつ入替る。」
コービンとブレンダンが笑ったので、暇つぶしとしての目的は達成されているかもしれない。但し、コービンは黙って話を聞く男ではない。
「殺すだけじゃなくて、人間と入替る手段を持っているのがすごい。人間の姿を一からつくるのは、なかなか難しい筈だ。いや、不可能だろう。」
ジョンは、言われてから気付いた。
「じゃあ、死んだ人間に入るのかな。」
黙って、話に耳を傾けていたアイクは、ベッドの上に横たわったまま口を開いた。
「それなら、俺達は殺されるな。」
三人は、一斉に声の方を見たが、ベッドに隠れて、アイクは見えない。
アイクは、天井を睨んだまま、次の言葉を待った。
多分、アイクはこの部屋が嫌い。
三人で交わされる平和な会話が、この密室からの脱出をあきらめている様で、どうしても好きになれないのである。
今の今まで、アイクは、ブレンダンはともかく、他の二人が話すと、離れて一人でゾッとしていた。
アイクの言葉で皆が黙ってしまったとしても、それはそれでいいのである。
コービンはつまらなそうに床に目をやり、ブレンダンは心配そうにベッドを眺めた。
リーダーの自覚からか、ジョンが皆を代表して口を開いた。
「あの、暇つぶしだったんだけどね。じゃあ、こうしよう。宇宙人に攻められる話ばかりじゃあ何だから、攻める話はどうだろう。」
ここでも、コービンが受けて立った。
「わざわざ、宇宙に出てな。」
とうとうアイクは身を起こして、声を荒げた。
「ここから逃げる方が先だと思うぜ。」
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