第50話 憂慮

文字数 1,017文字

ローデヴェイク達が起こした道路の陥落事故は、彼らのビジョンとは関係ない一人の人物を驚愕させた。
アーサーである。
その日の夕食後。アーサー夫婦は、リビングでくつろぎながら、ニュース・ショーを見ていた。
リラックスに必要なワインは、S国F州の名産。出張の土産物である。
因みに、乾燥させたトルコいちじくとカシュー・ナッツは、アンダーソン家の定番。
ビクトリアの趣味である。

ショーの終盤。アーサーがソファを離れた僅かな時間に、その報道は流れた。
「ヘイ、アーサー、見て。」
ビクトリアは、ソファに大きくもたれて声を上げた。遠くのアーサーを意識したのである。
アンダーソン家は十分すぎる程広い。
アーサーを待つ間も、ビクトリアはテレビに釘付けになった。
数十秒後にアーサーが戻ってくると、ビクトリアは待ちきれない様に説明を始めた。
「S国F州の事件だって。あなた、行ってたでしょ。」
テレビはもう次のニュースに忙しい。
ビクトリアは、言葉を続けた。
「ビルの爆破。凄いの。グルって囲んでて。あんなの見た事ない。」
子供の様なビクトリアの様子に、アーサーは優しく微笑んだ。
「見てみよう。」

アーサーは、テレビにキーワードを入力した。州名とビル、そして爆破。
普通の町なら、事件を特定できる筈である。
間もなく、アーサーは、ニュースのトップ画像を見つけて、目を見開いた。
それは、まさに彼が大口の仕事をしたビルだったのである。
用件は、預金の代理手続き。
但し、おそらくはB銀行の破綻のせいで、冗談の様な額だった。
アーサーは記憶を辿った。
確かに胡散臭い仕事ではあった。連絡してきたのはビルのオーナーだが、彼も代理人。
つまり、二人とも代理。
アーサーが、海を渡ってまで、妙な仕事に手を出した理由は簡単である。
ヘクトルとの一件の後、世界中から仕事が次々に舞込んだ。
それも殆どが、似た様な怪しさ。
最初は少額だったが、その後、少しずつ、しかし確実に額が上がっていったのである。
帰国したのは昨日の昼過ぎ。今回は、その足で事務所に寄り、ボスとシャンパンを開けた程のビッグ・ビジネスだった。
アーサーは、突き動かされる様に検索を続け、道の壊れ方以外の情報がないことを知った。
「ね。凄いよね。」
ビクトリアの声で我に返ったアーサーは、小さく相槌を打った。
「ああ。凄いね。」
アーサーは、ゆっくりとワイン・グラスを口に運び、そして止めた。
酔っている暇はない。
彼の身の周りで、また何かが起きようとしているのである。
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