第83話 開拓

文字数 1,309文字

アイクは深い森の奥にいた。
森に火をつけた後、眠りについてしまったのである。勿論、そんな無茶が出来たのは、薬のせい。
炭の香りに包まれながら、アイクは静かに瞼を開け、体を起こした。
火は、川の南側で止まり、木を焼き尽くしている。
煙さえ見えない。消火活動は、完全に終わっているのである。
殆どの木が焼け落ち、視界は開けているが、遥か遠くに、また森が見える。
人にも会えず、森の果ても分からない。
それは、アイクの目的が、二つとも達成できなかったということ。
厳しい現実である。
しかし、アイクは、決して、諦めない男である。
今、彼がやるべきこと。それは、次の食糧を手に入れること。絶対である。

六日後。
久しぶりの我が家には、食糧が二回分投下されていた。
放っておいても、食糧は無事だった。
寝ていた時間が分からないが、次の投下で、自分が森に来てからの日数が正確に分かる。
アイクが考えたことは、それだけだった。

アイクは、次の食糧を得ると、今度は西を目指した。
朝一番に、日の登る方角を背にして、ひたすら直進し、夕日の位置で向きを補正する。
地道な作業である。
しかし、丸一日歩いた時、アイクは奇妙な事実を知った。
周囲の木々が燃え、灰になっているのである。
それは、火が川を越えたと言うこと。川は途中で途切れているのかも知れない。
不安に突き動かされたアイクは、焼け跡の境界を辿り、間もなく川の端を見つけた。
余りに近すぎる場所。
アイクは、川の先を眺めた。
周囲の木々がない今、川がどこまでも真っ直ぐに続いていることがよく分かる。
問題は、川が途切れていることより、そもそもアイクが直進していない可能性があること。
よくよく考えると、彼が方角の根拠にした情報はあまりに頼りない。
アイクは、自分のいい加減さに疲れた。

しかし、アイクは、転んでもただでは起きない男である。
アイクは、焼け跡に、畑をつくることにした。
所謂、焼き畑農業である。投下される食糧の中には、種のとれるものもある。
アイクは、森の中で見つけた食べられそうな植物の種も集め、全てをその畑に植えた。
水は、川から汲んでくればいい。
すべてが、彼に大地を耕すことを求めているのである。

植えたからには、収穫し、食べたい。
アイクは、改めて、この地に長く住むことを意識した。
アイクは、何かをせずにはいられない男なのである。
石を集め、硬さを比べたのもその頃。一番硬い石で、他の石を削って、刃物をつくるのである。
この地に来て、数か月を経て、手に入れた刃物は、畑作業やものづくりを格段に楽にした。

アイクがこうも努力できたのは、この地に来てまで薬を盛られ、全ての苦労が水泡に帰したせい。見られていたことも、耐えがたい屈辱だった。
食べ物を蓄える自分を観察して、次に投下する食糧に睡眠薬を盛ろうと考えた敵の根性が、狂おしいほど気に入らなかったのである。

それから二か月程たった頃。アイクは、コモン・ビーンズを収穫した。
食糧に混ざった野菜は肥料になっただけ。彼がもしやと思って蒔いた種だけが、実を結んだのである。
生のコモン・ビーンズが美味い筈は決してないが、自らが収穫した、薬を盛られる可能性のない食べ物は、アイクを心の底から喜ばせた。
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