第15話 方略

文字数 2,251文字

アーサーは饒舌だとは思っていたが、本当に話が長い。
話の切れ目をやっと見つけたヘクトルは、首を傾げて、口を開いた。彼の常識とは、あまりにかけ離れていたのである。
「普通ではない。というか、本当かい?」
アーサーは、爽やかに答えた。声質は、辿ってきた人生と必ずしも一致しない。
「何が普通かは人によって違う。その壁を越えて考えよう。僕的には、サプライズのショーが誰の指示だったかが一番の問題だ。君の場合、外で寝るかは別にして、オーロラだろう。」
ビクトリアが小さく頷き、言葉に力を与えると、アーサーは笑顔で口を開いた。
「ホテルの予約の時に、何か変なことはなかったかい?」
そんな昔のことを覚えている筈がない。そんな質問ばかり。
自分と同じ顔のアーサーから、必ずノーになる質問をされ続け、時間だけが過ぎていく。
ヘクトルは、別の展開を探して、スカーレットの話を口にした。
「この間、僕達と同じ顔の男と一緒に映る写真をもった女性が来たんだ。メディカル・リサーチ社の。知らないか?」
アーサーの表情に反応は見えない。ヘクトルは言葉を続けた。
「スカーレット・アーキン。ブロンドのコケージャンだ。おしゃれな感じ。美人だ。目はターコイズ・ブルー。気が強い。頭が良さそう。」
何を言っても、アーサーの反応は鈍い。明らかに知らない様に見えるが、ビクトリアの前だからかもしれない。
面倒なのは、本当に、アーサーがスカーレットを知らない場合。
少なくとも、自分と同じ顔の人間が三人いるのである。
胡散臭いクローンの話が目の前をちらつくと、ヘクトルの言葉は次第に遅くなり、アーサーは笑った。
「まあ、いい。覚えとくよ。今度、紹介してくれ。」
「いや、それは…。」
ブタの一件が頭を過ったヘクトルは答えに詰まったが、アーサーは構わない。同じ顔の人間と会うために備えてきた彼は、すべてを受け入れられるのである。
「同じ顔の夫婦が出来るには、別れも必要だろう。人間なんだから。エミリーと出会う前の付き合いの終わり方に何か変なところはなかったかい?」
ヘクトルは即答した。
「君達はどうなんだ?」
さすがに厚かましさを禁じえない。
顔が同じだとしても、初対面の人間にそこまで人生を曝け出す人間はいない。
ヘクトルの無表情から微かな怒りを読み取ったアーサーは、笑顔で応えを口にした。
「僕達はもう調べた後だ。」
ヘクトルは、ビクトリアの顔を見た。彼女は頷くだけなので、意味はない。
「結果は?」
ヘクトルの問いかけに、アーサーは即答した。
「怪しいことだらけだ。何人かには会いに行ったけど、何も分からなかった。」
見つめ合ったアーサー夫婦は、ただ微笑んだ。話す気がある様には見えない。
「ずるいな。言わないのか。」
ヘクトルが不満を口にしても、アーサーはあくまでも笑顔である。
「僕達は出会いでも今の有様だ。別れ話まで聞きたいか?」
確かに聞きたくないヘクトルは、沈黙で答えた。
「そこで、君だ。」
ヘクトルを指差すアーサーは、何故か得意げである。
ヘクトルは、言われるままに記憶を辿った。
思い当たる記憶は二つ。頭の中を、幾つかのビジョンが通り過ぎていく。
ヘクトルは、自分の中の自分がズン・ズンと後ろに引張られる様な感覚を覚えた。
思い出してみて、改めて思ったが、実際、おかしかったのである。
黙っていられない程。怖くなったヘクトルは、小さく呟いた。
「二人、心当たりがある。一人には会いたくないし、もう一人には絶対に会わないと決めてる。」
小声に耳を傾けたアーサーは、ぼんやりとしたヘクトルに微笑んだ。
「優秀。じゃあ、その会いたくない方の彼女に会いに行こう。」
何かが決まった様である。
迷えるヘクトルは、目の前の二人の顔を準に眺めた。
スカーレットといい、アーサーにビクトリアといい、皆がヘクトルに持ってくる話は、普通ではない。ヘクトルの生い立ちのせいなら、それは血の宿命。いつか、マテウスに引き継がれるものである。
ヘクトルは、自分の感情を抑える理由を見つけた。
間もなく、ヘクトルが疲れた様に頷くと、アーサー夫婦はハイ・タッチをした。

チョコレート菓子が切れたマテウスが、奥の部屋から顔をのぞかせたのは、丁度その時。
マテウスは、ビクトリアを見ると動きを止めた。
子供に与える衝撃は大きいかもしれない。ヘクトルは慌てて腰を上げたが、一瞬で泣き始めたマテウスがビクトリアに飛びつく方が早かった。
マテウスにとって、ビクトリアはエミリーなのである。
人の気持ちが分かるビクトリアがマテウスの頭をなでると、三人の大人は、マテウスの気が済むのを静かに待った。

偽りの感動の再会は五分も経たずに終わり、顔を上げたマテウスは、次の奇跡に気付いた。
ヘクトルとアーサー。同じ顔が並んでいるのである。
口を開いたのはアーサー。
「お父さん達は双子だったんだよ。」
三歳児に、一番分かり易い答えである。
「クール!」
マテウスが奇声を発すると、皆は小さく笑い、堪らなくなったヘクトルはマテウスを抱きしめた。但し、それは大人の勝手。
すべてに納得したマテウスは、身を捩り、ヘクトルから逃げると、ルーティンに入った。
ブレインの出番である。
アーサーとビクトリアが断る筈もない。
アーサーは、相手が三歳児でも饒舌で、ビクトリアの笑いも途切れない。久しぶりの賑わいに、ヘクトルは心が温まるプロセスを感じた。
アーサーとビクトリアのいる時間は、ヘクトルさえいなければ、エミリーがいた頃の幸せなピウス家に近い。
ふと思ったヘクトルは、自分がこの世のものではない様な違和感に気付いた。
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