第81話 放火

文字数 1,741文字

アイクは、深い森の奥にいた。
食糧の入ったリュックを、体の前後にかけて歩けたのは、気合いの違い。
今回は、片道を一週間進み続ける。
これまでの倍の距離である。何かを見つける期待に、アイクのテンションは嫌でも上がったのである。
彼が最初の冒険に選んだ方角は南。理由は特にないが、多分、太陽が目に付いたから。
アイクは、真っ直ぐ歩いた。どこまでも、どこまでも。
過去に一度歩いた範囲の枝は折れ、道が出来ている。それは知った道。
眠る時は、少しでも軟らかい場所を選び、リュックを抱えて眠った。もう、体に染みついた眠り方。
アイクは、この森を探検するスキルを、とっくの昔に修得していたのである。

遠出の往路が四日目に入った時、アイクは、何とも言えない、幼い日に僅かに感じた気持ち、おそらくは希望を感じた。
理由は、未知の領域に入ったから。今のアイクには、それだけでも刺激的なのである。
疲れはあったが、アイクは歩いた。
何処までも何処までも。
太い木の根を乗り越え、茂みを踏み分け、とにかく彼は直進した。

六日目。アイクは、浅いが、しかし真っ直ぐに何処までも続く川を見つけた。
水は透明で、アメンボが泳いでいる。川底には砂が堆積しているから、ここは川下で間違いない。
アイクは、靴を履いたまま、冷たい水に足を浸けると、そのまま川を横断した。
今までにないものを見つけたのは、大きな成果であるが、彼が目指すのは南。
このまま進めば、きっと何かが待っている。
今のアイクが、川に執着する必要はないのである。

七日目。しかし、アイクは、どこまで行っても森しかないという事実を、とうとう受け入れた。
唯一見つけたのは、真っ直ぐな固い茎をもつゴールデン・ロッド。
アイクは、ゴールデン・ロッドの皮を剥くと、乾燥した枝葉を集めた。
子供の頃に、火起こしの方法を習ったのである。
ゴールデン・ロッドが乾燥すると、アイクは、枝のくぼみにゴールデン・ロッドの先端をあてがい、素早く回転させた。
やがて、くぼみから煙が上がると、乾燥した落ち葉の出番。
細い煙の上に置き、息を吹くと、小さな火種が煌めく。
アイクは、井桁に組んだ枝に火を移した。
空気の流れのせいで、火はどんどん大きくなっていく。
枝に空気。森にあるものすべてが、乾燥しているのである。
間もなく、大きく揺らいだ炎が木に燃え移ると、アイクは、来た道を川に向かって引き返した。
勿論、全力で走る。上下に揺れる食糧が肩をこする。遅れる揺れのせいで、タイミングが取りづらい。
アイクは、川を見つけた時点で、火をつけるプランを立てていた。勿論、行く先に何もないという条件付きである。
目標は二つ。
一つには、消火活動に来る誰かを待つ。一つには、川の南側の森を全部燃やし、見晴らしを良くする。アイクの未来のために、絶対に必要なことである。
但し、今現在のアイクが死なないためには、その火に巻込まれず、川を渡り切ること。本当に必要なことは、それである。
振返ったアイクは、大きく育った炎を見た。一本の木が燃えるだけでも迫力があったが、数本の木がつくる炎は、渦を巻き始めている。
アイクは、とにかく走った。
命懸けのアイクが川に辿り着いたのは数時間後。歩きでは一日かかったが、それが必死の力と言うことである。
アイクは、冷たい水に足を浸け、川を越えた。
ここまで来れば、もう大丈夫である。
陸に上がり、身の安全を確保したアイクは、リュックを降ろし、濡れた靴を脱いだ。
安心感のせいか、猛烈な空腹感が込上げて来る。
アイクは、リュックを広げると、今日のメニューを考えた。
悩んだ末に選んだのはフランス・パン。
遠くの煙を見つめながら、生のパンを口に押込んでいく。
アイクは、折角だから、火を少し持ってくれば良かったと思った。

それから数分で、アイクは猛烈な睡魔に襲われた。
疲れもあるが、そのせいではない。何故なら、前に経験した事のある睡魔だから。
確実に、睡眠薬である。
アイクは、悔しさに唇をかみしめた。
敵は、アイクが食糧を溜め始めたのを見ていたのである。
そうと知った相手が、食料に睡眠薬を混ぜたということ。どこかのタイミングで眠りにつき、食料が駄目になれば、諦める外ない。そういう事である。
無駄が嫌いなアイクは、叫ぶでも暴れるでもなく、静かに眠りについた。
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