第42話 将来

文字数 2,435文字

金持ちになったジョンは、帰ってきた両親を部屋に通した。
父親の名はジョニー。母親はジェーン。ジョンは、家族のことをトリプルJと呼ぶ。
訝しい顔を見せても、ついてくるのが親子。
部屋に入ると、ジョンは勢いよく床にしゃがみ込み、ベッドの下を手で差した。
“ここを見ろ。”
誰が見てもそう。大人になり切れない我が子である。
立ったままの両親にも、最初から少しは見えている。
札束は誰の目にも刺激的。
黙っていられなくなったジョニーは、夫婦を代表して、膝を曲げた。
待っていたのは、積木の様に並ぶベンジャミン・フランクリン。
「おい、こりゃあ…。」
想像以上のボリュームにジョニーが振返ると、視線の合ったジェーンが口を開いた。
「見せてごらんなさい。」
彼女は、母親としての威厳を保った。それがジョンの愛するトリプルJ。
二人の顔を眺めたジョンは、間もなく、札束の山を引きずり出した。
コンマ4インチの束が五百個。
壮観である。
ジョンは、ベッドに腰を下ろすと口を開いた。
「全部、僕の物だ。」
「嘘だろう。」
ジョニーが声を被せると、ジョンは小さく笑った。
「そう思うよね。僕もだ。」
自分を厳しく律するジェーンの表情は変わらない。
「話してごらんなさい。」
ジョンは、小さく頷いた。
「誘拐事件の示談金。その筈だ。」
ジョニーもジェーンも、ジョンから視線を逸らした。口を開いたのはジェーン。
「取引の意味が分かってるの?」
ジョンの答えは早い。
「他に監禁されてた奴が心配じゃないのかって?そうだろう?」
ジョンは、年老いた両親を見つめた。沈黙だけが続く。
両親を愛するジョンは、声を弱める時を知っている。
「そりゃあ、気になるよ。解放されて、すぐなら、僕も怒った。馬鹿にするなって。」
ジェーンの目に同情の色が混ざるが、喋るのはジョン。
「でも、今日、来たんだ。捜査なんて、全然、進んでない。何なら、僕の記憶も風化してるぐらいになって、何も言わずに金を置いていったんだ。」
「知った顔か。」
話の見えてきたジョニーの質問の中身は、確実に変わっている。
「見たこともない。」
顔を見合わせた両親のために、ジョンは言葉を続けた。
「前も言ったろう。向こうの生活は、決して、悪くなかった。今日だって、人をつかった。あの施設も普通じゃない。絶対にヒュドールだよ。あのヒュドール。勝てる筈がないんだ。」
ジョニーは、渋い顔のままに口を開いた。
「で、何に使うんだ。」
「そう、買いたいものが…。」
ジョンの口は自然と止まった。
頑固な父親が、金を受け取ることを認めたのに気付いたのである。
ジェーンの顔も嬉しそう。
二人の発想は、基本的にジョンと変わらないのである。

「人のために使いたい。全部。何なら、父さんと母さんのためだけに使ってもいい。」
ジョンは、笑顔しか予想していなかった。
自分と同じ様に、感謝の言葉が続く筈。何故なら、トリプルJは家族なのだから。
しかし、年老いた父親は、徐々に顔の皺を増やした。口を開いたのは、十分な沈黙の後。
「ジョン。済まない。無理だ。」
ジョンの笑顔は一瞬で消えた。視線は、父親に釘付け。言葉はない。
「お前はいい男だ。信じてる。ただ、もう分からない。」
ジェーンの視線を受けながら、ジョニーは言葉を続けた。
「それだけ金があれば、一生食うに困らないだろう。」
何となく絶縁されている雰囲気。
ジョニーは、面倒から逃げている。何故なら、自分だったら、それも選択肢の一つだから。
今が勝負の時と知ったジョンは、慎重に言葉を選んだ。
「本当にそれでいいのか。父さん。」
ジョンは自分の計画を話した。
すべては誤解。
もらった金をばらまくだけで終わる気はない。
第二の人生を始めるために、この金を有効に使う。
自分で使うことより、人のために使い、次につなぐのだと。

七分後。リビングに映ったトリプルJは、紅茶を飲みながら、金の使い道の相談を始めた。
まずはジョニー。
「恵まれない人に寄付するんだ。本当に必要にしてる人がいる。」
それは、ジョンも考えたことである。
「甘いよ、父さん。寄付は限度がない。ビリオネアじゃないんだ。一回、払うと、次の手がなくなる。最終手段だよ。」
代って、口を開いたのはジェーン。
「お金を大切に使うのよ。いろんな、お店に行って、何を買うにもこだわるの。商品をつくった職人さん達が、つくってよかったって感謝する様な。そんな使い方よ。」
「出来るといいけど、時間がかかる。」
ジョンの答えは短いが、ジョニーの質問は矢継ぎ早。本当にお金を使うとなると、言葉は止まらないのである。
「取敢えず、銀行に貯金だな。」
強気のジョンには、逃げにしか聞こえない。
「それは使ってるの?」
ジョニーには、勿論、答えがある。
「ああ、一番、金のありがたさが分かってる奴らに、金を預けるんだ。自分の生活は利息で何とか出来る。生活は大して変わらないから、誰からも憎まれない。金は大事に使ってるんだから、銀行から幸せが広がる。銀行は偉いから、風は遠くまで吹く。間違いない。」
安定した生活。
金を預けるだけだが、ジョンにはそれが見えた。
ジェーンが頷き続けたせいもあるかもしれないが、ジョンがそう思ったのだから、仕方がない。

翌日、ジョンは、まずは、彼が知る一番の銀行であるB銀行に半額を貯金した。
保険にゴールド、外貨にコービー豆。
手元に二十万ドルだけ残して、後は幾つかの銀行に分散。
行く先々の銀行員達は、ジョンを別室に通し、滑稽なほど低姿勢で接客した。
学生の頃、偉そうだった先輩の姿も見える。
きっと、ジョンは、一生のゴールを見たのである。

ジョニーの一見地味な提案は、取敢えず、周りの視線を変えるために十分すぎる効果があった。
貯金を終えた時点で、ジョンは街の有名人になり、どこに行っても、羨望の眼差しを一身に受ける様になった。
それが噂の力である。
しかし、ジョンは先を急いでいる。何故なら、人生には限りがあるから。
使うことに決めたのは二十万ドル。今のジョンには大金である。
次は何を買うべきか。それが問題である。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み