第78話 密林

文字数 1,435文字

アイクは深い森の奥にいた。
背の高い木々が緻密に茂り、先の見通しも悪い。但し、寒暖に苦はなく、強いて言えば暖かい。木の枝を並べて数えてきたが、一週が過ぎる今現在までに雨は降っていない。
鳥の声は聞こえるが、大きい獣にも会わない。何より蚊もいない。
過ごしやすいぐらいである。

アイクが森に来て、一週が過ぎた日。
手紙にあった通り、食糧がパラシュートで投下された。
アイクが手に入れたのは、命の火が続く安心と長期戦になる不安。
終わりの見えない不安に、ただ、浸かっていられないのがアイクである。
アイクは、家をつくることにした。
急に野宿を強いられた自分に、我慢できなくなったのである。
アイクは、蔓を引きちぎると、紐を結った。物をつくるには、繋げなければならない。
紐は必須である。
アイクは、枝を繋げて、すだれをつくった。すだれを掛ける先は、頭上を覆う枝。
屋根の完成である。
まだ、終われない。アイクは、屋根の下に枝で枠をつくると、土を盛った。
地面を掘るのに使ったのはペット・ボトル。リュックサックはバケツの代わり。
時間だけは幾らでもあるアイクは、軟らかい土を選んで、枝の枠を満たした。
一仕事を終えたアイクは、土の山を見渡した。
まだまだである。
アイクは、枯葉を集めると、土の上に敷いた。欲しいのは軟らかさ。
仕上げにパラシュートを広げると、寝床である。
もう一度食糧が投下されると、アイクは、すだれをパラシュートと替えた。
出来たのは屋根と壁。
プライベートな空間の完成である。
あとはトイレ。
最初は気にしなかったが、場所を移しているうちに、我慢できなくなったのである。
間違ってもパラシュートが落ちない様に、臭いが届かない様に、十分遠くへ。
出来る限り深い穴を掘ると、一週間だけ屋根として使ったすだれを被せた。
あとは、アイクがトイレとして使えば、それがトイレである。
こうして、アイクの家が出来上がった。

そして、アイクは、じっとしていられない。
アイクは、出来る限りの探検をした。目印のない森では、決め手は方向だけ。
枝を折りながら、とにかく直進するのである。
日が昇ると出発し、正午を感じると戻る。
待っているのは、彼がつくった我が家。何度目かの探検を終えると、アイクはパラシュートに家の匂いを感じる様になった。
やがて、あらゆる方向を調べたアイクは、一日から二日、二日から三日と、片道に費やす日にちを延ばした。
当然、食糧は持ち歩く。
一週分の食糧の重さは、かつての彼なら決して耐えられるものではない。
しかし、この地では耐えられる。
生きるためである。
彼に課された制約は、新たに投下される食糧だけ。
まだ見ぬ獣に貴重な食糧を奪われないためには、一週の内に戻らなければいけないのである。

片道三日の遠出も、永遠には続かない。
一度として、森の終焉を見なかったアイクが、いつしか至った仮説。
この森の広さは、歩いて往復すると、一週より少しかかる程度の大きさ。
保存食を落とせば、何年でも持つ。それは、敢えての一週間。
誰かは分からないが、自分にこんな仕打ちをした犯罪者は、それを隠すために、この食糧投下のトリックを考えたのである。

何かを思いつくと、じっとしていられないのがアイク。
そして、出来る事はシンプルである。
アイクは、改めて食料が投下されると、食べる量を半分に減らした。
ストックを持って、これまでの倍遠くを目指すのである。
アイクは、動く事もやめた。それは空腹に耐えるため。
アイクは、次の遠出のために、出来る限りのすべてを実践した。
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