第97話 決闘

文字数 1,325文字

アイクは深い森の外にいた。
砂浜に立つ彼の目の前の森は、燃え盛る炎に包まれている。アイクが着けた火である。
乾いた森には、すべてが灰になる未来しか見えない。
アイクは、炎にうねる空を見つめた。

太陽の位置が変わるのに気付くほど、時間が過ぎた頃、遥か彼方から、機械的な音が聞こえてきた。
それはヘリコプターの音。間違えようのない姿も目に入る。確かに三機。
前回は、薬を盛られて、見ることの出来なかった光景である。
近付くのに時間がかかるのは、アイクが早い段階で気付いたということ。
アイクは、海に浸かって身を隠すと、ヘリコプターを眺めた。
ヘリコプターは、轟音と一緒にどんどん近付いてくる。
消火が目的なら、炎はそれほど広がっていないということである。
ただ空を見上げていたアイクは、しかし、不意に海に潜った。
ヘリコプターが落とした何かが、爆発音と同時に確かな衝撃を広げたのである。
爆弾。それは、燃え代になる木を壊すためにも使うことがあるもの。
水の世界に逃げたアイクは、何度か息継ぎをして、爆音の終わりを知ると、ゆっくりと周囲を見渡した。
砂浜の遥か遠く。一本のホースが海と森を繋いでいる。
消火剤のためで間違いない。
木がなくなったせいで、視界は大きく開けている。
アイクは、ホースを目指して静かに泳いだ。泡も立てない。上空のヘリコプターに気付かれないためである。
近付いてみると、ホースは森と焼け跡の境を走っている。
アイクは、森に進むと、ホースの先を目指した。人がいるのは確実だからである。
アイクが、待望の人影を見つけたのは数分後。目についたのは、男二人。
消火活動に懸命の彼らは、アイクの目には隙だらけである。
ナイフを手にしたアイクは、近くの男をターゲットに定めた。
相手を組み伏せるビジョンを頭に思い描く。
静かに近寄り、首にナイフを当てる。あとは腹ばいにして、尋問するだけ。
最低限の目標は、自分の今の理由を知る事である。
次の目標は、この森からの脱出。男の自由を奪ったまま、ヘリコプターに乗るのは不可能なので、あくまでもプラス・アルファ。
アイクは、昂る気持ちを押さえながら、男ににじり寄った。
しかし、考えれば分かる。枯葉の上を、音をたてずに歩くことは出来ない。
不意に振り返った男は、ナイフの振り方さえ知らないアイクの手首を掴むと、流れる様にひねり、アイクの体を地面に押付けた。
アイクの顔が枯葉に埋まるのは必然。
そして、アイクはプライドの塊。痛みには耐えれても、屈辱は無理である。
アイクは声を振り絞った。力で負けても関係ない。最低限の目標を達成すれば、アイクの勝利なのである。
「目的は何だ!何なんだ、あんた達は!」
男は、アイクのもう一方の腕の動きも抑えてから口を開いた。
「真の目的は、ある人の願いを叶えることだ。ただ、お前に対する目的を言えというなら、人を傷つけない環境においてやる。それだけだ。」
アイクの動きが止まったのは、意味が理解できないから。
懲りずにもがき、強く押さえられると、アイクはもう一度口を開いた。
「誰を!俺が一体誰を傷つけるって言うんだ!」
怒れるアイクの上体が浮き上がると、男はアイクの後ろ手の角度を変えた。
痛みから逃げるアイクの顔は、当たり前の様に土の上を滑った。
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