第9話 強盗

文字数 1,886文字

洋室の四人。
例によって、ジョンが口火を切った。
「もしも銀行強盗の仕業だったらどうしようとか思わないか?」
受けて立ったのは、いつも通りコービン。
「聞こうか。」
アイク以外の三人は、丸机でブレンダンの煎れたコーヒーを口に運んだ。
残るアイクは、窓際に椅子を置き、遥か彼方の観察である。
コービンの許可を得たジョンは、いつもの様に大きな身振りで話し始めた。
「僕は気付いたんだ。家から十分ほどの所に銀行があったんだけど、あの地下を狙ってたんじゃないかって。」
コービンが大きい誤りを指摘した。
「十分って言えば、結構微妙な時間だ。それに、僕達は近所に住んでない。」
四人の共通項が必要なことは、かなりのハードルである。
コービン自身を含めて、アイク以外の三人が頷いた。
ジョンは、当然、分かっている。
「いいかい。銀行強盗ほど、割にあわない職業はない。B国で八千万ドル盗まれたのだって、加わった四十人ぐらいで分けると一人二百万ドル。死ぬまで五十年としても年間四万ドル。中の下の生活だ。仕事でどんなストレスがあったって、逃亡生活に比べればマシだ。絶対にまじめに働いた方がいい。」
コービンを目で頷かせたジョンは、笑顔で説明を再開した。コービンの賛同は、彼にとって重要なことである。
「つまり、銀行強盗は続けないと駄目なんだ。完璧なテクニックを開発して、職業として強盗を何度もする。僕達の家は、一つの銀行じゃあなく、強盗が狙っている幾つかの銀行に絡んでたんだ。僕達はそれに気付かなかったんだから、地下ルートとか、その類のやり方だ。」
コービンの合いの手は思いのほか冷たい。
「それで?」
ジョンはコービンを指さした。
「だから、作業の間だけ、隔離してるんだ。」
コービンが大きい問題点を指摘するのは二度目である。
「君は二年間も隔離されてる。」
掘るのに二年もかかる様では、仕事にならない。
しかし、ジョンは即答して見せた。彼にとっては大した問題ではないのである。
「条件が揃ってないんだよ。」
そして、コービンは付き合う男である。
「矛盾だらけだと思うけど。じゃあ、聞こう。どう盗むんだい?」
ジョンの満面の笑みは、ブレンダンを小さく笑わせた。
「下水道だな。必要な場所だけを、最小限の労力で掘る。」
技師のコービンの壁は鉄壁である。
「ずいぶん簡単だね。仮に銀行に辿り着いても、分厚いコンクリートの壁がある。爆破は無理だ。少しずつ壊しても、金庫の中にひびが出るから気付かれる。酸で溶かしたって時間がかかるし。鉄筋は焼き切るのかい?その上、金庫破りだよ。」
コービンの言う通り、警備員の目に留まらないのは奇跡である。
それでも、ジョンは怯まない。何なら、笑顔が大きくなったのは、彼が確かな事実に基づいて話しているから。教師の記憶力は馬鹿にならない。
「B国の時は内通者がいたみたいだ。」
コービンは、内通者と聞いて、別の話を思い出した。
「そりゃあ、内通者がいれば、話は変わってくる。I国のは?確か、三億ドル盗まれてたぞ。三人の警備員がやった。」
ジョンは、コービンの話にも魅了された。
「一人一億ドルか。」
ここへ来て、ブレンダンも口を開いた。
「一億ドルあったら、何をしますか。」
ジョンは、静かに話を遮った。
「待ってくれ。僕は、まだ、I国の奴らがどうやったのかが気になって仕方ないんだ。」
ブレンダンが口にしたのは、死ぬほど暇な子供のメイン・ディッシュである。
納得したブレンダンが笑顔でコービンを見ると、コービンは、二人を見ながら期待に応えた。
「内戦で電子決済ができなくって、現金が大量にたまってたのを、持出しただけだったと思う。」
何故かジョンが呆れたのは、彼が真剣だからである。
「戦地に住むぐらいなら、金はいいよ。戦争だけは嫌だ。やっぱり、僕は地下道をこつこつと掘る。」
コービンは、顎を上げて、小さく笑った。
「君が掘るのか?」
明らかに話はすり替わっている。アイク以外は、一斉に笑った。割としっかりとした団欒である。
話の小休止を感じたブレンダンが、改めて口を開いた。
「同じ内通者をつくるんなら、正面から入るのが一番確実だと思いますよ。あと、電子マネーとかなら、何か良い方法がありそうな気はしますけど。」
ジョンは、両手を挙げて、ブレンダンを指し、腕組みをしたコービンは何度も頷いた。
感心しているのである。
その時、窓際の空気が動いた。置物の様だったアイクが、口を開いたのである。
「何の相談だ。それじゃあ、場所を選ばないから、監禁される理由にはならない。自分で何を話しているか、分かってるのか?」
それはアイクの性分。アイクは、不毛な会話に苛立ったのである。
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