第109話 友情

文字数 2,277文字

A国C州C市。
岩壁の上。パーム・ツリーの間から顔を出す全席オーシャン・ビューのレストラン。そこは、スカーレットのアルファである。
今日、彼女が迎えたのは、連邦捜査官のロレンツォ。ブルーの群衆に囲まれたクローン技術最先端研究所に、パトカーで駆けつけてくれたお礼である。
頭の回転の早い二人の会話はつきないが、今、口を開いたのは、ワイン・グラスを置いたロレンツォ。
「あの放送を流した子はどうなった。」
「ゾーイ?別の局に移ったわ。反響が凄いらしいの。彼女はレジェンドになるわ。」
「レジェンド?無茶をすればいいのか。」
スカーレットの手はグラスから離れない。喋るのは彼女。
「好きに言って。でも、なかなか出来ないわ。全国に映るんだから。」
「それなら、局に残って偉くならないと。」
「人間関係はまた別よ。嫌な思いをしてまで、同じ列車に乗り続ける理由はないわ。」
ロレンツォは、ナイフを手にした。肉を食べるためである。
「あの議論は、いつまで続くんだ。」
「いつまでだと思う?」
「分からないから聞いた。僕に言わせると、議論を始めたのが間違いだ。誰も引けない。」
スカーレットは小さく笑った。
「どちらにしろ、そこまで結論が出ないことを、自分が進めてたと思うと、正直怖いわ。」
ロレンツォは、顔を横に振るスカーレットを見ながら、言葉を続けた。
「あの時、ガブリエルが計画を中止しろと言わなかったのがすべてだ。議論自体は、誰だってしなきゃいけないと思う。結論を求めれば、きっと答えは出なかった。」
「議論が必要だと思ったのは皆。それでいいじゃない。そのお陰で、私は解放された。全部、彼のおかげ。私の英雄よ。」
スカーレットは、小さく笑うと、ワイン・グラスを口に運んだ。喋るのはロレンツォ。
「所長じゃなくなってみて、どう?」
小さく顎を上げたスカーレットは、すぐに笑顔を見せた。
「アンチ・エイジングの研究に戻っただけよ。やりがいのある仕事だわ。」
「まあ、軍事利用と比べると平和的だ。僕はいいと思う。」
「永遠の若さが手に入ったら、あなたはどうする?」
ロレンツォは、グラスを眺めた。
「チーズは好きに食べるかもしれない。」
二人は、静かに笑った。口を開いたのはロレンツォ。
「知ってるか?エポワス。」
「何それ。」
「フランス語で、神様の足の匂い。」
「やめて。」
「臭い。」
「いや。」
「でも、美味い。止められない。」
「最悪。聞かなきゃ、よかったわ。」
微笑む二人は、シェフが準備したコースをゆっくりと味わった。

ブルー・マウンテンの香りと共にデセールが配られると、ロレンツォは、小さな咳払いをした。
ジャケットから取り出したのはスマートフォン。写真を見せるためである。
口を開いたのはロレンツォ。
「これはR国からの便。」
空港のブルーとバイオレットである。スカーレットが写真に見入ると、ロレンツォは言葉を続けた。
「これはU国。」
同じく空港のブラックとオレンジ。
「これはN国。」
同様のゴールドとグレー。
「他人の空似かな。」
ロレンツォは、短い沈黙を鼻で笑うと、スカーレットの顔を覗き込んだ。
目と目が合うと、笑顔を浮かべずにいられないのがスカーレット。自信に満ちた笑みである。
「ヘクトルとアーサーみたいね。」
ロレンツォも笑顔で顔を横に振ると、スカーレットは言葉を続けた。
「どういうこと?」
一瞬、動きを止めたロレンツォは、周囲を見渡してから口を開いた。
「実行犯は彼らだ。皆、クローン。」
スカーレットは、声を出さずに笑った。
「話が少し見えないわ。」
ロレンツォは、コーヒーを口につけた。
「ガブリエルの大金がどこから出たのか。クローンにあれだけ拘るのは誰か。そう考えれば、答えは簡単だ。サミュエル・クレメンス。ヒュドールのトップの彼が絡んでる。ヒュドールと言えば、ローデヴェイクのクローン。前にも言った。僕は、ローデヴェイクを三人、一度に捕まえたことがある。もう一つのキーは、R国からのメールの大量送信。試しに、ローデヴェイクの顔を、国中の空港の監視映像で調べたら、出てきた。一人だけじゃない。六人。誰が偶然と思う?」
スカーレットの大きなターコイズ・ブルーの瞳はロレンツォに釘付けだが、口元の笑みは消えない。余裕を取り繕っているのか、本当に余裕なのか。
スカーレットがコーヒー・カップに手を伸ばすと、ロレンツォは言葉を続けた。
「ただ、彼には手を出せない。ブラック・ドット。彼はあれに取組んでる。今、彼を捕まえると、ニコーラは永遠に帰ってこない。」
スカーレットは、眉を潜めた。
「彼は生きてるの?」
ロレンツォは、スカーレットの顔を見つめた後、顔を横に振った。聞きたいのは、彼の方なのである。
「分からない。ただ、彼が死んだ証拠はどこにもない。死んだことにすれば、きっとすぐに皆忘れてしまう。もし、万が一、彼が生きてたら。そう思うと怖くて仕方がない。」
スカーレットの目に同情の色が浮かぶと、ロレンツォは首を傾げた。
「ひょっとしたら、帰りたくない程、楽しくやってるかもしれない。その時には、どうしても仲間に入れてもらわないといけない。」
力ない冗談に、二人は静かに笑った。喋るのはロレンツォ。
「ブラック・ドットの謎は、絶対に解いてもらわないと駄目なんだ。」
スカーレットは、何度か頷いた。
「ニコーラは絶対に助けたいわ。でも、この世には、解けない謎が幾らでもあるのよ。皆、気にせずに生活してる。私はそういうものだと思ってるけど、あなたは?宇宙の果てに何があるのか、知ってる?」
ロレンツォは、自分を見つめるスカーレットを見ながら、コーヒー・カップに手を伸ばした。
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