第18話 時間

文字数 1,864文字

洋室の四人。
話し始めたのはジョン。
「子供の頃からの宿題に答えがでた気がする。」
コービンがいつもの様に受けて立った。
「聞こうか。」
その瞬間は、偶然、四人とも丸机の周りにいた。昼食の時間が近く、何とはなしに、自分の居場所を確保しに来ていたのである。
ジョンは、コービンの期待通りの答えを聞くと、自論を展開し始めた。
「時間だよ。」
コービンは、やはり付き合う男である。
「確かにこれだけ時間を奪われると、考えるね。」
アイクは、まずい輪に入ったと思った。この距離感では、知らない振りをするにも限度がある。自分が納得する様な、癖のない会話が展開されるとも思えない。アイクは、取敢えず、息を潜めた。
一方のジョンは、目の前に揃った三人の顔を見ながら、活き活きと話し始めた。
「話すよ。時間っていうのは、空間の連続なんだよ。それで、自分の経験で空間の前後関係を整理して、時間の流れを認識してるんだ。」
ジョンは、皆に少し考える時間を与えた。マジシャンの心境だろうか。いつもに増して、嬉しそうである。
「つまり、球をもった指を離すと球が落ちると知ってるから、球が落ちると時間が進んだと思う。逆に球が下から上がってきて、指の間に戻ると、時間が戻ったと思う。」
コービンが、珍しく真顔で聞いた。
「そりゃ、そうだけど、それを言ってどうする。」
当たり前の反応だが、それこそ、ジョンの思うつぼである。
「でもね。ニュートンの作用・反作用って知ってるよね。作用すると、必ず反作用がある。物質的に考えると、無数の状態があるけど、これを、ニュートンの頃に概念がなかったエネルギーで考えると、必ず、明確に対になるものがそこにあるんだ。」
コービンにも少し分かってきた。
「それは、対象を限定すれば、エネルギー的には、時間は進むと同時に戻るということかな?」
ジョンは頷きながら話し続けた。大いに満足しているのは確か。
「そう。おそらくクオークとか、最小単位で観察した場合に限定されると思うけど、エネルギーで考えると、時間は常に進んで戻ってる筈なんだ。」
技師のコービンが、そこで終わる筈がない。一般常識のある彼は、ジョンの持論の矛盾を教えた。
「君の言う最小単位が何かって話もあるけど、たとえば、最小単位のものが紐みたいな形だとして、紐の周りは紐のかたちをしていないじゃあないか。明確な対って何だい?」
ジョンは笑って見せた。
「それは空間の謎を解く必要があるけど。まず、紐の形をしてると思うのは、僕達の目で見る世界に当てはめた場合だから、こだわる必要はないと思う。」
アイクは、いい加減な空想に苛立ったが、出来るのは貧乏ゆすりまで。まだ、我慢できる範囲である。
言葉だけは理解したコービンは、アイクの動きを横目で見ながら、素朴な疑問を口にした。
「じゃあ、そう考えるとして。多分、君が言ってるのは哲学だ。何が言いたいんだい?」
とうとう、ジョンはゴールを披露した。
「だから、常に時間は進んで戻ってるから、この世がいつ出来て、いつ終わるのかなんて考える必要がないんだ。全ての時間が始まりなんだ。」
コービンは、思いの他の抽象的な結論を鼻で笑った。
「感動的だ。」
馬鹿にされることを予想していたジョンは答えを持っている。
「ただ、観察するものが大きく、複雑になると、時間の対称性が交錯して、戻ることは出来なくなる。今度は、全ての時間に矢が出来る。ある意味、都度、終わりになるんだ。」
微笑みながら聞いていたブレンダンが、静かにすべてをまとめた。
「つまり、対象によって、位置づけが変わる様な、時間はそういう不確かな存在ということですね。」
大きく微笑んだジョンは、ブレンダンを指さした。出来のいい生徒を見つけた教師の気分かもしれない。
コービンは、少しだけ考えると、小さく呟いた。
「別に構わない。」
確かに間違っていない答え。どうせ単なる暇つぶしだから、どうだっていいのである。
どこに発表する訳でもないその場の答えがまとまり始めた時、アイクが大きな声を上げた。
「俺達はある日ここに連れてこられた。昔はいなかった。俺達の世界には、絶対にどこかに最初があるんだ。そして、終わりもある。それだけだ。この部屋での時間を終わらせなきゃいけないんだ。」
アイクは、目にしたもの以外を信じられないのである。
厳しい声は、部屋に充満していたヌルい空気を打ち消した。
かすかな罪悪感に襲われたアイクは、しかし悪ぶれた。
「空間がどうとか言うんなら、この世の果てはどこだ?まさか、ここじゃあないだろうな。」
アイクの頭に、この部屋の未来はないのである。
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