第13話 混乱

文字数 2,543文字

洋室の四人。
彼らは常に話しているわけではない。アイク以外の三人だけでもそう。
アイクが壊し続ける皆のコミュニケーションは、監禁生活の中で、ストレスのマグマが噴き出す様に発生するもので、基本的に彼らは無口なのである。
ブレンダンは、その日も静かに外を見ていた。
ずっと、変化のない景色だが、落ち着くのである。毎日だと無理だが、週に二、三度なら、あってもいい時間。そんな時間である。
地球が永遠に回る錯覚を見せるその景色に、小さな変化を見つけたのはブレンダン。元より、注意深い性格である。
遥か遠くを眺めていた彼が音をたてて椅子から立ち上がると、残る三人は一斉にブレンダンを探し、その顔の向かう窓の外を眺めた。
晴天の下、広い平原の遥か彼方に、ピンクの線がある。地平線を縁どるそれは、光の悪戯ではない。
数歩足を進めると、ジョンは小さく呟いた。
「フラミンゴだ。」
皆が気付いていることである。窓に張り付いたコービンが声を上げた。
「おい、あいつらライン・ダンスしてないか。」
全員にそう見えるが、フラミンゴの足の構造的に無理である。自然と目を凝らす彼らに言葉はない。
流石に逃げられないアイクは、今日は三人の輪に混ざり、窓の外を眺めた。
確かにフラミンゴである。
目を見開いたアイクは、自分に芽生えた小さな恐怖に気付いた。
すべてが鮮明になっていく。
フラミンゴ達は、近付いているのである。
「あいつら、近付いて来てるぞ!」
窓際の皆が動くことはない。当然、アイクの驚きは止まらない。
「あの足を見ろ!フラミンゴに見えて、フラミンゴじゃあないんだ!大きさだって、どうなんだ!」
コービンは小さく笑った。緊張感は今一ない。
「確かに、あの足の上げ方はフラミンゴじゃあない。」
アイクは、コービンを二度見した。
「おい!化け物なんだ。気付け!」
コービンは、しかし、アイクに呆れた目を向けた。
「前にキリストの降誕を見たことがある。」
頷いたブレンダンが後を続けた。
「僕は天使の戦いを見ましたよ。矢を射って。なかなかの迫力でした。」
呆けたアイクに、種を明かしたのはジョン。
「目的は分からないけど、ホログラムで訳の分からないものを見せられてるんだと思う。LSDやビタミンB12欠乏症も考えたけど、皆が同じ幻覚を見ることはない。集団ヒステリーになる程、単純な頭でもないだろう。」
顎を上げたアイクは、沈黙を選んだ。純粋に恥ずかしかったのである。言われてみれば、これが現実の筈がない。ライン・ダンスをさせたのは親心。そう考えるべきである。
それでも、初めてのアイクは、窓の外に注意を払った。用心するに、越したことはないのである。
但し、何度見ても、フラミンゴは消えない。
迫ってきている。次の展開は目の前である。
不安が拭えないアイクは、トイレに向かった。トイレの窓は小さいので、ここよりは安全な筈。
三人が見守る中、アイクはドア・ノブが空回りする虚しい音を響かせた。
当然、扉は開かない。三人とも経験済みのことである。
恥ずかしさと怒りで三人を睨んだアイクは、窓を離れ、ベッドに登った。
フラミンゴ似の化け物が人を食べないなら、多分、大丈夫。但し、大きさ次第。
何より、ジョンの言う様に、化け物がホログラムなら、窓ガラスさえ割れない。
アイクは、それだけを祈り、ガラスを見つめた。
コービンは、逃げるアイクを二度見したが、やがて、空のベッドに登り、残る二人は、アイクではなく、コービンに続いた。そうは言っても、気持ちが悪いのである。
間も無く、アイクが恐れていた次の展開が始まった。
フラミンゴが、ガラスにぶつかり始めたのである。
何羽も何羽も。何羽も何羽も。
大きさは、動物園で昔見たのと同じ程度。足を高く上げること以外は、フラミンゴそのものである。
衝撃音とフラミンゴの鳴き声が鳴り響く。
ガラスはどこまで持ちこたえるのか。ホログラムだから、大丈夫。自問自答が止まらない。
ここへ来た日に、壊そうとしても無駄と諭されたガラスだが、枠までがたついて見える。
そのうち、ガラスにぶつかったフラミンゴにぶつかるフラミンゴが幾重にも重なり、ガラスが大きく軋み始めた。
アイクは、これほどまでに多くのフラミンゴの目を見たのは初めてだった。
ホログラムと言ってのけたジョンも、胸の前で十字を切っている。祈りの効果は知らない。
衝撃をベッド伝いに感じながら、四人はガラスを見守った。
安心を支える礎である。
頼りのガラスは、数分は耐えたろうか。
つまり、数分後。皆が注視する中、アイクの心の支えだったガラスは、音を立てて砕け散った。
皆が驚きの悲鳴を上げても、フラミンゴはそのまま前進し、間もなく北の壁に打ち当たった。
それでもフラミンゴの行進は止まらない。
後から入ってきたフラミンゴが歩みを止めることはなく、やがて、木の部屋はフラミンゴで埋め尽くされた。
壮観である。
目を見開いたアイクは、命の危機の終わりを物理的に感じた。眼下は、フラミンゴの絨毯。これ以上、入るスペースがないのだから、終わりである。
しかし、それはアイクの思い込みだった。
窓の外から、フラミンゴがもう一羽。
前に進めなくなったフラミンゴが、先にいたフラミンゴの体をよじ登り始めたのである。
縦の変化は予想外。
次から次へと侵入してくるフラミンゴは、激しい波の様にベッドに迫った。ピンクの塊が、大きくうねる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
フラミンゴの首の動きにアイクが悲鳴を上げた時、しかし、迫ったフラミンゴの塊は、当たり前の様にアイクの体をすり抜けた。
接触した感触はない。
アイクの目から、一瞬で精気が抜けた。
隣りのベッドでも絶叫が響いたが、間もなく止んだ。きっと、同じ事が起きている。
喋り出す者もいない。
放心状態の四人に構わず、フラミンゴ達は部屋の中を埋め尽くしていった。何があろうと関係ない。すり抜けるのだから。
ピンクの一行がいなくなったのは、五分ほど後。
疲れて俯いていた四人は、光の変化に顔を上げると、ガラスを見た。
割れていない。
頭を抱えていたジョンは、手を頭から離した。
「ホログラムだな。」
それは、彼自身が最初に言ったことである。
アイクは、膝を抱えたまま、悔しそうに呟いた。
「誰が何のために。」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み