第71話 捕縛

文字数 870文字

某国某所のステファヌスの別荘は、海沿いの断崖絶壁にせり出す、ガラスと鉄のアート空間として、よく知られている。
陽の届く時間。ガラスの床の遥か下を飾るのは、岸壁で砕ける波。
しかし、特別なのは陽が沈んだ後。
天井からも足元からも、闇が迫るのである。宇宙空間のそれ。
この別荘は、この世のすべてを知るステファヌスにとっても、特別な建物なのである。

ガラスは防弾仕様だが、遥か遠くの壁を越え、幾多の警報を抜け、ここまでたどり着ける悪党は少ない。カーテンを断ったのには、理由があるということ。
しかし、それはステファヌスが聞いた、建設当時の専門業者の説明。
工事から数年が過ぎた今、事実は、彼が耳にした通りではなかった。

この日も幾つかの奇跡を当たり前に起こしたステファヌスは、今まさに眠りにつこうとしていた。
ベッドに入ったステファヌスは、ライトがゆっくりと落ちると目を閉じた。
漆黒の世界で繰返される波の音。
日々、彼を待つ感動と驚きの様に、尽きる事がない。
ステファヌスの心は、時を待たずに海と一つになった。

瞼を閉じた彼の視界が純白になったのは、その直後のこと。
閃光弾である。
一秒で爆音とガラスの割れる音。それは防弾ガラスが割れたということ。
火薬と磯の香りが混ざった空気が、鼻腔を襲う。
身を庇おうと手を挙げかけたステファヌスは、ベッドから引きずり出されると、その場に組み敷かれた。

視力を取り戻したステファヌスは、静かに顔を上げ、壁に残ったガラスに映る自分を見た。
彼を押さえるのは、三人の屈強な兵隊。
その兵隊達の背後には、数えきれない重装備の兵隊。
国が動いたのである。

絶対的な財力を誇るステファヌスを確保するのにかかった時間は、ほんの数秒だった。
銃口をつきつけても、ステファヌスはマテウスの居場所を喋らなかったが、機を見るに敏な人間は、どんな組織にも必ずいる。
ローデヴェイクに近い一人が、司法取引を持ち掛けられると、堰を切った様にマテウスの居場所を喋ったのである。
それこそ、サミュエルの期待した事。
愛するマテウスの居場所。
それは、ステファヌスが所有する医療施設である。
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