第10話3

文字数 895文字

「そういえばこの町の近くに水蛟が住んでいるはずなんですけどご存じないですか」
「水蛟様が? この近くに?」
「とても腕のいい須玉匠なんですけど。僕たちはその人に会いに来たんです」
「須玉匠っていうのはなんだい?」
「機巧姫の勾玉を加工する職人さんですね」
「は~、そうなんだ。人形には興味がなくてねえ。しかし水蛟様が近くで暮らしていたなんて知らなかったなあ。あ、待てよ。そういえば金銀財宝がためこまれた蔵があるって噂を耳にしたことがあるぞ。それがその水蛟様のことだったのかもしれないな」
「やっぱり水蛟は光物が好きなんですかね」
「という噂だね。だから一獲千金を夢見て水江島に忍び込もうとする輩もいるみたいだけど、誰一人として成功した者はいないんだよ。あの島の周りの海流は複雑でね。渦を巻いているから下手に近寄ると舟が沈んじゃうんだ。あとはほら、雷を降らせるのが事実っていうのならなおさら無理ってものだよね。でもさ、君たちは大丈夫なの? 雷落とされたりしない?」
「手紙で来訪の理由を伝えてありますから大丈夫じゃないかと。あと手土産も持ってきましたし。城下町で仕入れたお酒なんですけどね」
「そういう礼儀っていうか心遣いは大事だよな。ねえねえ、水蛟様は雷だけじゃなくて水の流れや天気そのものを操る力があるって話があるけど本当?」
 いきなり横になっていた澪が上体を起こす。
「そうらよー。ちゅよいみじゅちはおてんきをあやつれりゅよ……ひっく」

 それだけ言うと、またパタリと横になった。

「……だ、そうです」
「さすがは水蛟様だ! いや~、今日は貴重な話がたくさん聞けてありがたいなあ。ほらほら、もっと飲んで。お腹空いてない? 翠寿ちゃんと紅寿ちゃんももっと食べていいよ」
「むぐむぐむぐ……」
 里芋の煮っころがしを三つ四つ口に放り込んだ翠寿の頬はハムスターのように膨らんでいる。
「翠寿。口一杯に頬張るのはやめなさい」
「むぐぐ……ごっくん。はーい。ごめんなさい」
「翠寿ちゃんは素直でかわいいねえ。お姉ちゃんはちょっと怖いけど」
「……」

 ジロリと上目遣いで紅寿が見る。

 心なしか頬が赤くて頭がフラフラしているようだけども。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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