第1話3

文字数 854文字

「――はっ!」

 気勢をあげて天色が距離を詰める。

 深藍は手首の返しだけで弾き返す。


 打ち込みを弾かれた天色が左中段に持ち替えるわずかな隙に深藍が距離を詰める。

 鍔迫り合いで押し込まれないように腰を落とす天色。


 互いの武具が触れ合うかという瞬間、深藍が体を捻った。

「きゃっ!?」
 押し合いを想定していた天色の上体が流れる。
「姫様の攻め気はよいのですが、どうしても前がかりになる。また手の内が少なく、駆け引きにも慣れていない。そこを梅園殿に利用されましたな」
 天色がたたらを踏む。この隙に仕掛けないでゆっくりと深藍は距離を詰める。
「おのれ!」

 それを嘲りと取ったのか、ほの香姫が吠えた。


 振り返る天色は薙刀を左中段に構え、間を置かずに仕掛ける。

 連続して繰り出される攻撃を深藍はジリジリ下がりながら受ける。


 流れるような中段から下段、さらに上段中段下段へと続く連続技。

 しかしそれらの攻撃が深藍に届くことはない。

「梅園殿は落ち着いてますな。刀と比べて間合いと威力に勝る薙刀と一対一で戦うのはよほどの技量差がなければ厳しいのですが、ここまでは見事の一言に尽きます。今の姫様がこの守りを崩すのは難しいでしょう」
「筒針さんならどう攻めますか」
「俺は槍使いですから突くだけです」
「そこです! 姫様! いけーっ」
「おおお。これは一方的のように見えるがどうなのだ? このまま最後まで押し切れよう」
「いや、さすがにそんなことは……ないはず。事実、あれだけ打ちかかる姫様の攻撃は一つとして当たっておらぬ。梅園様! ここは踏ん張りどころですぞ!」
「さっきの動き、梅園様とやったときの清正君に似てたよね」
「そうかな」

 この世界へやってきてすぐの頃に僕は梅園さんと模擬戦をした。

 こちらは神代式(かみよしき)という絶大な力を持つ葵の君。一方、梅園さんの深藍の君は先の戦いでボロボロな状態だった。

 結果は言わずもがな。一方的なものになった。

 だけど最後まで諦めない梅園さんの姿には感銘を受けた。それは観戦していた不動も言っていたことだ。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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