第1話4

文字数 1,253文字

「不吹殿の戦いですか。それは実際にこの目で見てみたいものですなぁ。いや、どうせなら直接やった方が面白い。俺は機巧操士ではありませんが身一つの戦いにはそれなりに自信があります。どうです、これが終わったら俺と手合わせをしませんか」
「しませんよ。そもそも僕に対する評価が高すぎませんか」
「不吹殿は機巧武者の首をすでに五つも挙げているのですから高くもなるでしょう。つまり侍大将を五人も倒しているわけです。そんな武威を示した方には一目どころか二目三目を置いてしかるべきですからな」
「そういえば機巧操士は侍大将扱いでしたっけ」

 戦国時代の侍大将と言えば一軍を率いるエリートだ。大内(おおうち)義隆(よしたか)の家臣で西国無双の侍大将と呼ばれた(すえ)晴賢(はるたか)などが有名だろう。

 この世界の僕は機巧操士なので侍大将として扱われる。知行が三百石なのはそれだけの地位にいる証なのだ。

「でも手合わせは勘弁してください」
「そんなこと言わずにいいではありませんか。ちょっとしあうだけですよ」
 それ、「試合う」じゃなくて「死合う」ですよね?
「お断りします。というか、九十九ってそういう人ばっかりなんですか」
「そういうとは」
「なんというか戦い好きな人が多い印象がありまして」
 三桜村(みつざくらむら)で対峙した槍の九十九のことを思い出す。

 お腹に開けられた大穴は澪の〈手当(てあて)〉のお陰ですっかり癒えているのに、なんとなく痛みがある気がして思わず手を当ててしまう。

「それは業というやつですかなぁ。どちらが優れた存在なのかを比べずにはおられんのです。武具ならばどちらが強いか、楽器ならばどちらが優れた音色を出すことができるか。取り憑いたモノがそれを求めるのです。器に過ぎぬ俺にはどうにもできぬことでして」
「九十九に憑かれている本人の意思はどうなっているんですか」
「そういえば考えたことがありませんな。心が一つに溶け合っているとでも言えばよいのか。憑かれる前の筒針継としての経験や知識はありますが、存在はもうおらぬのです」
「じゃあ、取り憑かれた状態から解放されたらどうなるんですか」
「死にますな。憑かれたら一蓮托生なのですよ。これはそういうものとしか言えませぬ」
「八岐の中でも九十九は特殊だからね。血筋とか関係ないから種族と言えるか微妙って考えている人もいるし。そもそも八岐といっても種族は八種類だけじゃないしね」
「そうなの?」
「代表的な存在を数えただけだからね。たとえば紅寿(こうじゅ)翠寿(すいじゅ)みたいな人狼(じんろう)は狼だけど、似た種族に猫や狸や狐、あとは猿なんかに化ける人たちもいるの。人猿(じんえん)には清正君も会ってるでしょ。水蛟(みずち)は鱗を持つ者の、天狗(てんぐ)は翼を持つ者の総称だよ。器物に憑かれた者をまとめて九十九って言うけど、器物だけだと九十九とは言わないの。本体はその器物なんだけどね。人に憑いてないと九十九じゃないの」
「つまり人器一体で初めて九十九と呼ばれるってこと?」
「そういうこと」
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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