第24話2

文字数 1,275文字

 葵を先頭に浜田屋を目指す。


 代官屋敷を出た時には強かった雨と風が落ち着きつつあった。

 目まぐるしく天候が変わる中、足を速める。ガシャガシャと鎧の立てる音が耳に煩い。

「主様。あれを」

 眉庇越しに見た空は墨色がかった青鈍(あおにび)色で、そこに赤いものが滲んでいる。

 青鈍色は古くは喪服などの衣の色に使われた凶色だった。嫌な予感がする。

「どういうことだろう」
「わかりません。とにかく先を急ぎましょう」
 房島屋の前を走り過ぎた頃には状況が理解できた。
「燃えてる……」

 浜田屋が紅蓮の炎に包まれていた。

 黒煙が雨に負けることなく吹き上がっている。

「清正さま! こっちこりん!」
「まさか……八鶴さん!?」
「ちがうだらぁ」
 翠寿が抱き起こそうとしているのは鎧を纏った大男だ。
「片寄さん?」

 腕力のない翠寿に代わって男の体を抱き上げる。

 血の気を失った顔は間違いなく三島さんの家来の一人、片寄さんだった。

「片寄さん! 大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「主様。こちらにも」
 葵がもう一人の鎧武者を抱き起している。
「しっかりせなあかんだらぁ!」
「そ……こえ……じんろ……うの……ぐぅ……がはっ」
 瞳が僕と翠寿の姿を映している。けれどそこに生気がなかった。
「ぁ……ふぶき……ま……」
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「ぐっ……うぅ……」

 体を起こそうとするけど、もうその力もないようだ。

 見ると鎧の腹の辺りに穴が開いている。

 地面には大量の血が流れていた。まるで燃え盛る炎の赤を照り返しているみたいだ。

「片寄さん! 片寄さん!」
「かってを……もうし……あり……ぬ……」
「すぐに澪がここに来てくれます! 木霊には癒しの力があるんです。このぐらいの傷ならきっと治してくれます! だからそれまで意識をしっかり持ってください! 片寄さん! 死んじゃ駄目だ!」
「もうしわ……みし……かたき…………す……ぁ」
「片寄さん! しっかりして! 目を開けて! まだ死ぬな! 死ぬなああ!」
「主様」
「……外山さんは」
「残念ですが……」
「くそっ! くそくそくそくそおおおお!」

 思い切り濡れた地面を叩きつけると赤い飛沫が鎧を汚した。

 なんであの時、ちゃんと二人を説得しなかったんだ!

 きちんと話し合っていればこんなことにはならなかっただろうに!

「あの、清正さま……」
「……何?」
「八鶴さんをさがさんといかんだらぁ」
「片寄さんと外山さんは後で弔おう。二人を殺した奴が近くにいるかもしれないから注意して」
「外山様は宿にまだ誰かがいるかもしれないと言っていました」
「わかった。中には僕が入るから、二人はこの火をなんとかしてほしい」
「雨がふっとるし、そのうち消えーへん?」
「いや、この雨はもうやみそうだから期待できそうにない。このまま放置すると風にあおられて他の建物にも燃え移るかもしれないからね。それだけは防がないと」
「かしこまりました。被害が広がらないように周囲の建物を破壊いたします」
「翠寿も頼んだよ」
「はい! 清正さまも気をつけるだらぁ」
「わかってる。じゃあ、行動開始だ」
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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