第5話3

文字数 814文字

「近々私が無事だったことを感謝するために小さいながら宴をしたいと父が希望していまして。よろしければ皆さまにもご参加いただきたいのですけれど」


「そんなお気を使っていただく必要はありませんよ」


「本当にささやかなものですから。私の料理ですからたいしたおもてなしはできませんが」


 え? それはご馳走間違いなしなのでは?

 何しろ紀美野さんが笠置屋で提供している料理はどれも美味しいのだ。

 一口食べて気に入って、それ以後は足繁く通ってしまうほどに。

「私、行きたい」


 澪が手を上げる。

 翠寿も無言で両手と尻尾を上げてアピールしていた。可愛い。


「そうですね。ご迷惑でないのなら参加させていただきます。葵もいいよね」
 口元を緩めた葵が無言で頷く。
「不動にも参加できそうか聞いておきます」
「ありがとうございます。腕によりをかけて料理をご用意しますね」
「できたらお酒も……」

「はい。とびきりのものをご用意いたします」


「やった!」
「言っておくけど紅寿も連れてくからね」
「うっ、わかってるわよ。私だってそんな失敗ばかりしてないし……たぶん……」

 自信なさげに語尾が消えていく。

 反省は次へ活かすようにしてください。


「それより須玉匠のところへ出発するのはいつにする? できれば今すぐ出発してほしいんだけど」


「いいね。せっかく紀美野さんにお酒を用意してもらったんだし」

「やった!」


「善は急げって言うしね。城下町と船坂町(ふなさかのまち)の間ってたくさんの舟が行き来しているんでしょ。それに乗れば今日中に着けるんじゃないかな」


「早駕籠は高いし、駕籠が揺れるとせっかくのお酒が台無しになっちゃうだろうから清正君の言う通り舟を使うのがいいかもね」


「馬を使えばいいのでは?」
「それはえーと……清正君は馬に乗れないそうなので……」

「実はそうなんですよ。こんなことなら時間があるうちに澪に乗り方を習っておくんだった。今回のことが終わったら教えてよ」


「もちろん、いいわよ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色