第25話5

文字数 739文字

「ここだ!」

 床を叩き割った槍の柄に左足を乗せる。

 槍を持ち上げようとする勢いに合わせて膝を折り、体を預ける。

「その程度で私の動きを止められると思わないことですッ。甘い判断のツケは自らの痛みで払いなさいッ!」

 右足が床から離れ、僕の体ごと槍が持ち上がる。

 このまま天井なり壁に叩きつけるつもりなのだろう。


 問題は角度だ。

 タイミングは早すぎても遅すぎてもいけない。

「たああっ!」
「な!? 自分から跳んで――」
「お、おおおおお――!」

 浮遊感。


 両手を振ってバランスをとる。

 外は煙るような霧雨に変わっている。

 眼下には天井の一部が崩れ、燃え盛る建物が見える。

「た、高い……怖っ」
 頂点に達して速度がゼロになると、僕の体は重力に引かれて落下を始める。
「わ、わわわわ……」

 浜田屋を焼く炎のお陰ではっきりと見えている地面がぐんぐん迫ってくる。

 目を瞑りたいけど我慢してギリギリを見極める。

「今だ!」

 両つま先が地面に触れた瞬間、膝を曲げて衝撃を吸収しつつ背中を丸め、ガシャガシャと鎧を鳴らしながら転がった。

 勢い余ってもう一回転したところで仰向けになって静止する。

「ぅぐぐ……はあ、はあ、はあ……た、助かった?」

 緊張を解く。

 投げ出したままの両手足が重い。

 お腹の痛みは相変わらずだ。


 この状態でよく相手の槍を利用して跳躍し、崩れた天井の穴から脱出できたものだ。

 己の発揮した文字通りの火事場の馬鹿力に驚くしかない。

「き、清正君? 一体どこから来たの!?」
 煤で鼻の頭を黒くした澪が口を真ん丸に開けている。
「ちょっと空から……」
「どうしたのよ、そのお腹!? 大変じゃない!」
「これはえっと……」
「いい! なにも言わないで。すぐに癒してあげるから。紅寿! 翠寿! 私たちを守って!」
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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