第16話1 昔語り

文字数 919文字

「ある時、神石に目を付けた者がおった。そして水蛟の長に取引を持ち掛けたのだ。神石を譲ってもらえるのなら玉よりも美しく輝くものを差し上げるとな。煌びやかな宝石や大量の金銀が手に入り一族は大喜びしたらしいぞ。そうして多くの神石が島から持ち出され勾玉へと形を変えた。そしておそらくはその結果なのだろう――水蛟は力を失った」

「今でも水蛟は絶大な力を持つと聞きますが」

「儂らが使える力などかつての水蛟にしてみれば児戯にも等しいものよ。水蛟はいつも玉と共にあった。儂が思うに玉は水蛟の能力を強化することができたのだろう。それがなくなったが故にかつてのような力を振るえなくなったのだと考えておる。いい神石もめっきり減った。小さな石しか掘れぬから、必然、勾玉も小さくなる。その小さな勾玉で作られたのが新式よ。儂も長いこと古式並みの勾玉は削っておらぬ。とはいえ儂は名人だからな。新式でも名姫と名高い朱鷺色(ときいろ)の君や灰茶(はいちゃ)の君の勾玉は儂の作よ。小僧も名前ぐらいは聞いたことがあるだろう」



「ある名人の人形師が朱鷺色の君を手掛けたと聞きました。名姫と聞き及んでいます」

法性寺(ほっしょうじ)だな。儂の知る人形師であれに並ぶ者はおらん。新式の勾玉を使って古式に迫る機巧姫を作れるのは他におるまいて。しかし、あやつの人形には魂が欠けておるのがなァ。それが理由かはわからぬが、ここ数年は余計なことにかまけておるようだ。惜しいことよ」


「余計なことですか」
「神石から勾玉を削り出す時にできる欠片にも力はあると思い込んでおったようだ。あやつはその欠片を使って人形を作れないか思考錯誤しておったらしい」
「それは人形雛のことでしょうか」
「そんな名だったか」
「仕草はぎこちなくて作り物じみていますけど外見は美しい人形ですよ」
「それは本当に人形といえるのか? 意思の疎通もろくにできぬものをこさえてなんとする。神代式の機巧姫という理想に到達するために我ら技術者は腕を磨いているのではなかったのか。見よ、目の前にそれがあるのだぞ。儂はいつかこれを超えるモノを作り出したい。そのために生きてきた。志を同じくしておると思っていた者がそうではなかったのが儂は哀しいのだ」
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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