第8話3

文字数 677文字

 旅籠は入口から奥へ向かって土間が続く縦に細長い構造をしている。

 その一番奥まった場所が僕らの部屋だった。

「ごめんなさい。外で頭巾はとっちゃだめっていわれとったのに約束やぶったもんで……だから、その……ご、ごめんなさい」


「翠寿が謝ることじゃないよ。風邪をひかないようにちゃんと体は拭いておくんだよ」
「けんど……」
「葵。お願い」
「承りました」

 上り框(あがりかまち)に座り、八鶴さんの持ってきてくれた水の入った桶で足を洗ってから部屋に上がる。

 衝立の向こうに回って濡れた服を脱いだ。

「八鶴さん。着替えって借りられますか?」
「はい。ご用意してあります。こちらをお使いください」

 衝立に浴衣が架けられる。

 体を拭き終えてからそれに袖を通し、布に包まれた大事な荷物を改めて懐に入れる。

「そっちはどう? みんな着替えた?」
「大丈夫だよ」

 衝立からそっと顔を出す。

 葵はまだ濡れている翠寿の髪を拭いてあげており、着替え終えた澪と紅寿は濡れた服を長押にかけているところだった。

「先ほどは申し訳ございませんでした」
「八鶴さんも謝る必要はないですよ」
「……はい」
「ごめんね、清正君」
「だからもういいんだって。むしろ一部屋しかなくてごめんね。寝る時は衝立で部屋をわけるからそれで勘弁して」

 部屋は八畳一間の畳敷きだ。

 そんな部屋に男は僕一人。

 ここで一晩を明かすというのはなかなかに緊張を強いられる。

「清正さまはあたしがちゃんとおまもりするだらぁ!」
「それは心強い。よろしくね」
「う――はい!」

 翠寿がにっこり笑う。

 すっかりいつもの翠寿に戻っていた。やはりこうでないと。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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