第8話1 旅籠 浜田屋

文字数 960文字

「不吹様たちはお侍様ですよね。やはり水江島との交易で来られたのですか」


「いいえ。この町の近くで暮らす人に会いに来たんです」


「そうなのですね。先日、船が水江島から来ましたからそちらの用でいらしたのかと。それで不吹様たちは宿をお捜しだったのですね」
「他の人たちは違うんですか」
「ええ。ほとんどのお侍様はこの町の会所で過ごされますから。宿にお泊りになるなんて少し変わっているなと思ったんです」
「会所?」

「船坂は藤川様の直轄領だから代官がいるの。会所っていうのは代官屋敷のことじゃないかな」


「そんな場所があったんだ。じゃあ、挨拶に行っておくべきだよね」


 須玉匠の所へ向かう前に代官屋敷に立ち寄るとしよう。挨拶は大事だ。


「ところで水江島から来た船っていうのは沖に停泊していたあれですか」


「珍しいものが水江島からたくさん運ばれてきますからこの時期は人も多くなってにぎやかになるんですけど今はちょっと……」


 先を歩く八鶴さんの足が止まり振り返る。


「不躾で申し訳ありません。葵様は人形――機巧姫ですよね?」


「はい」

「やっぱり……」


「船坂にも機巧姫はいると聞きましたが珍しいんですか」


「珍しいと言えば珍しいですね。でも全然見ないというほどではありませんでした。実はこのところ人形が壊される事件が続きまして……」


「その話は道中にも聞きました」


「さらうのはまだわかるけど、壊しちゃったら意味がないよね。どういうつもりなんだろ。紀美野さんのときとは違う目的があるのかなぁ」


「違う目的か……あ、そういうことか」


「どういうこと?」


「人形を破壊してしまえば関谷の戦力強化ができないだろ。それを意図してのことじゃないかな」

「それだけのことで機巧姫を破壊するかなぁ。いくらなんでももったいないって」


 澪の言うことももっともだ。確かに壊してしまうのは勿体ない。

 だとすると意図は他にあると考えるべきか。


「それに最近は魔物や幽霊が出るなんて話もあって日が暮れると家に閉じこもってしまうんです。そんな話が広まっているせいか町を離れてしまう人もいますし、訪れる人も減ってしまって」

「それがわかっていて八鶴さんは一人で出かけてたの? ダメだよ。危ないよ」


「でも被害にあったのは人形ばかりですし、幽霊なんているはずがありませんし……あ、宿へ急ぎましょう。こちらです」


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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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