第20話5

文字数 1,253文字

 船坂に到着する頃には一雨きそうな空模様になっていた。

 そして心なしかピリピリと張り詰めた雰囲気に代官屋敷は包まれていた。

「なんだか様子がおかしいみたいだね」
「ほらね。僕の言った通りだろう」
 槍を持った門番が僕たちを見て表情を変える。
「不吹様! お戻りになられましたか」
「どうしたんですか」
「ずっとお待ちしていたのです。すぐにこちらへ」

 部屋に案内される間にすれ違った武士たちの表情は一様に厳しいものだった。


「こちらでお待ちください」


 案内された部屋で待っているとトストスと軽い足音が近づいてきて、すらりと障子が開く。


「――っ」


 言葉が出ない。

 部屋に入ると僕の前に立つ。

 ぷっくりと頬が膨らんでいる。美人というのは拗ねた表情でも可愛いのだ。

「清正様!」

「は、はいっ」


 ほの香姫が目の前に両膝をついて座る。
「わたくし、間違いなく言いましたよね。次にどこかへお出かけになる際には必ずほの香もお連れくださいましと」
「……はい」
「わたくしの目を見てくださいませ」
「ぅ……はい」
 大きな瞳に情けない顔をした僕が映っている。
「ご無事でなによりでした」

 両肩にかかる重み。柔らかな感触。鼻腔をくすぐる甘やかな香り。

 ほの香姫に抱きしめられていた。

「どれだけほの香が心配したのか清正様はおわかりになりますか。わたくしの知らないところで危険に立ち向かっているのではないかと心配で心配でたまらなかったのですよ」
「それは……すみませんでした」
「清正様たちに遅れること一日。船坂まで馬を走らせ、すぐにでも清正様の許へ駆けつけようとしたのに三島がわたくしを止めたのです。下手をすればわたくしの命がないなどと申して。それに筒針にも反対されて――」
「ここで待っていれば必ず不吹殿と会えるとは言いましたな。こうして会えたのですからいいではないですか」
「それに清正様がどこへ行ったのか知らないとも言いました」
「……不吹殿との約束がありましたもので」
「どうやら清正様と筒針は随分といい仲のご様子ですね。いささか面白くありませんが今は置いておきましょう。ところで清正様は現状を把握しておいでですか」
「おおよそのところは。また侍が襲撃されたとか」
「その通りです。下手人はまだ捕まっていません。ですから、わたくしはしばらくここへ留まり、三島に助力しようと考えています」
「わかりました。僕もできる限りのことをします」
「清正様がいてくだされば百人力です。ありがとうございます。ところでそちらの首尾はどうだったのですか」
「万事うまくいきました。それから須玉匠の話によると、既に澪は水縹と共鳴しているそうです」

「そうですか」


 立ち上がったほの香姫は澪の前に片膝をついて座る。


「淡渕。よくやりました」
「はっ」
「清正様も大儀でした」
「ありがとうございます」

「機巧操士が増えることは喜ばしいですね。きっと父上もお喜びになるでしょう。ですがその前にしなければならないことがあります。それは人が営みを続けていく上では当たり前のことなのですから。酒を用意させなさい」


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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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