第15話3

文字数 1,127文字

 布の上に置いた勾玉が囲炉裏の明かりを反射してチラチラと輝いているので手に取ってみる。


「その勾玉は古式のものだ。悪くない(なり)をしておる。渡通津(わつづ)の流れを汲んでおるようだが酷く凝っておるな。それでは人形も動くまい。古式ならば潜り抜けた戦場も多いだろうし、仕方のないことかもしれんが」
「優れた須玉匠は勾玉の濁りを取り去ることができると聞いているのですが」
「できるぞ。儂は真実、優秀だからな。儂の他にあがる名は江口(えぐち)西魚(にしうお)、渡通津あたりか」
「勉強不足ですみません。他の名前は聞いたことがありません」
「人形師ならばまだしも須玉匠の名を知らなくとも仕方あるまい。皆、水蛟に連なる者よ」

 床に置かれたぐい呑みが空になっていることに気が付いた葵が火酒を注ぐ。

 その様子をじっと十水さんは見つめていた。

「ククク。小僧の人形の所作には見惚れてしまうの。ここまで自然な仕草とはさすが神代式。この目で見るのは儂も久しぶりよ」
「皆さんが葵を神代式と言いますが、やはりそうなのですね」
「連れ合いなのだろう。由緒を知っているのなら儂が聞きたいぐらいなのだが」
「すみません」

「まァ、よい。よく勾玉を見せてみよ」


 膝立ちになった葵はしゅるりと音をさせて胸元を緩める。

 豊かな胸が半分ほどまろび出て、揺らめく明かりに白く浮かび上がる。

 その中央に葵色の勾玉が輝いていた。

「ウーム……驚いた。この儂が見ても流派がわからぬとは。しいて言えば西魚か。江口にも見えなくはないが。まァ、この形を源流として西魚や江口が生まれたのだと言われれば納得できるか。いいものを見せてもらった。感謝する」

「先ほど出た名前はすべて水蛟に連なるというお話でしたが、人間の須玉匠はいないのですか」
「おる。だが腕は水蛟と比べるまでもなかろう。実際、古式の勾玉を削り出したのはほぼすべて水蛟の須玉匠よ。当時、一流の腕を持った者が選別に選別を重ねた結果の結晶。それが古式の勾玉というわけだ。水縹もそのうちの一つだな。ところで小僧は船坂の南にある島を見たか」
「はい。関谷だけが水江島との交易を認められているとのことでしたが」

「ウム。儂がここで平穏に暮らすことを条件に関谷との交易を許しておる」


「他の須玉匠はどちらで暮らしているのですか」
「渡通津は豊澤国(とよさわのくに)のあたり、西魚が舞姫国(まいひめのくに)だったか。両国とも神石(しんせき)が採れるからな。須玉匠は神石から勾玉を削り出す。勾玉がもてはやされる前は(ぎょく)として水蛟は珍重しておったがな。なにしろ我らは光る物を好む。これは逃れられぬ宿命、業のようなものよ」


「優れた須玉匠が水蛟ばかりの理由がそれですか」
「理由の一つだな」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色