第15話2

文字数 1,030文字

「その勾玉は水縹――あの娘の家に伝わるものだな」
「澪のことをご存じなんですか」
「ああ見えてあの娘は木霊では有力な家の出だからな。淡渕家の娘といえばこのあたりの八岐をまとめる今代の(たばね)よ。そういう古い家には相応のものが伝わっておる。たとえば武具、たとえば九十九、たとえば機巧姫。それもその一つだな」
「ちょっと待ってください。その統というのは八岐における王様のような存在ですか?」
「八岐にとって国という枠組みは意味がない。そうさな、顔役や調整役ぐらいに考えればよいかもしれん。小僧が考えておるような存在ではない」

「そうなんですね。でも思ってたよりずっと偉い人だったんだ……」


 壁に向いて寝ている澪はお尻をかいていた。

 あの姿から威厳は欠片も感じられない。

「間違っていたら申し訳ないのですが、もしかして木霊と水蛟ってあまり仲がよくなかったりしますか」
「ホゥ。なぜそう思った」
「なんとなく澪の方に苦手意識みたいなものがあるのかなあと。八岐について色々なことを教えてくれますけど、水蛟については奥歯に物が挟まったような口ぶりなので」
「苦手意識か。むしろ不倶戴天(ふぐたいてん)の敵と思っているかもしれんぞ」
「そこまで毛嫌いしている感じではありませんでしたよ」
「ククク。そうか。実はな、先代の統が亡くなりあの娘が次の統となる際、まだ若いだの、実績がないだの、他の八岐を抑えられるわけがないだのと水蛟の一族が異を唱えてな」
「つまり頼りないってことですか」
「端的に言えばそういうことだな。実際、統となったのは数年前だから本当に年端もいかぬ小娘であったのは事実だぞ。それは今も変わらぬか。カカッ。ところで、小僧は関谷の出ではないな」
「……ええ。城陽国(じょうようのくに)からつい先日来たばかりです」
「城陽か。あの辺りには八岐はあまり住んでおらんのだったか」
「関谷に来てから初めて八岐に会いました」
「その割に人狼の娘たちとは仲良くやっているようだが」
「翠寿は人懐っこいですから」
「フン、気楽に言いよるわ。人狼は縄張り意識が強く余所者を簡単に受け入れぬ種族だと言うに」

「そうなんですか。ちっともそんなこと思いませんでしたけど」


 初めて会った時から翠寿は好意的だったし、自ら望んで僕の付き人となってくれた。


 紅寿についてはファーストコンタクトでの失敗が尾を引いているのは間違いないけど、そこまで嫌われてはいない気がする。

 気がするだけかもしれないけど、ここは前向きに考えたい。


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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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