第11話2

文字数 908文字

「はー、おいしかったー。ごちそうさまでした」
「ごちそーさまでした!」
「みんな、体調は大丈夫そう?」
「うん。今日はなんかいい感じかも」
「あたしもだいじょーぶです!」
 紅寿も問題ないと頷いている。
「じゃあ、代官所で挨拶をしてから須玉匠の所へ向かおうか」
「わかった。支度しちゃうね」
 立ち上がった澪が帯をほどいて浴衣を脱ぐ。
「ちょ……」
 慌てて後ろを向いて衝立の奥へ駆け込んだ。
「清正君。どうしたの?」
「あ、いや、なんでもないよ。そっちの準備ができたら教えて」

「わかった。紅寿、お願い」

 目をぎゅっと瞑って焼き付いてしまった真っ白な背中を懸命にかき消す。
「ん? あれ? あれれ?」
「どうしたの」
「えっと、私、清正君に返したっけ?」
「何を?」

「……水縹の勾玉」

「澪が持ってるんじゃないの」
「……だよね。あれ? あれれ? どこ? どこにしまったっけ?」

「布団の中は」

「あれ? あれー?」

 次々と掛布団をめくり、それでも見つからないと今度は敷布団までひっくり返す。


「ない! ないないない! 勾玉がない! そっちは?」
 僕が使っていた布団もめくってみたけど勾玉はなかった。
「夜中に起きたりしなかった?」
「昨夜は誰も起きだしてはいませんでした」

 葵は何かあってはいけないと一睡もしなかったらしい。

 機巧姫であれば睡眠は必ずしも必要ではないのでできる芸当だ。だからその発言には信用が置けるし、同時に勾玉がこの部屋にないことも証明していた。

「ど、どうしよう……どうしよう清正君!」
「とりあえず落ち着いて思い出してみよう。僕が勾玉を渡した後、どうしたっけ」
「えっと……たしか火酒が来たからしまった……んじゃないかな」
「どこに」
「……懐?」
「今の疑問形だよね」

「ちゃんと覚えてない……」

 澪の顔が水縹色もかくやとばかりに青くなっている。
「たぶん昨日のお店に置き忘れてきたんだと思う。行ってくるね!」

 上着の裾を翻して澪が部屋から出ていった。それを紅寿が無言で追いかける。


 残された葵と翠寿は無言で僕を見た。

「仕方ないね。僕もお店に行ってくるよ。悪いけど葵はまた留守番をしてもらっていいかな」


「かしこまりました。くれぐれもお気を付けください」
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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