第10話2

文字数 1,038文字

「奥山田さんは船坂の人なんですか」
「生まれも育ちも船坂さ。漁師の真似事みたいなことをして暮らしてるんだけどね。おじさんからはさっさと本腰を入れろっていつも言われているよ。たはは。でもね、僕にもやりたいことがあるんだ。聞きたい? 教えちゃおうかな~。なにしろ今日は八岐と友達になれた記念すべき日だし」
「是非聞かせてください」
「いいね。不吹君はノリがよくて。好きだよそういう人。だから教えちゃう。僕はね。八岐についての記録を後世に残したいと思っているんだよ」
「記録ですか」
「そう。八岐とはどういう生活をしている人たちなのか、どういう能力を持つ人たちなのか。そしてどんな人がいるのか。それらを本としてまとめたいんだ。悲しいかな八岐を恐れる人は多い。それは無知から来ることだと僕は思っているんだよ。だからそういった人たちの蒙を啓くための本が必要だと考えているんだ。そのためにはまず僕が八岐と友達になることから始めなければいけないと思う。わかるかな?」
「わかります。素晴らしい考えだと思います」

「わかってくれるか!」


 奥山田さんが手を差し出す。

 僕がその手を取ると奥山田さんはしっかりと握り返してきた。

「いや~、君ならわかってくれると最初から思っていたとも。よ~し、じゃんじゃん飲んでよ。おごっちゃうから。おねーさん! 火酒をもう一杯頼むよ!」
「船坂って関谷では二番目に大きな町なんでしたっけ」
「そうそう。それにはちゃんとした理由があるんだな。まずは海がある。海からは海の幸がたくさんとれる。特に魚は美味い! そうだろう?」
「だらうまいだらぁ」
「ぃよし! 翠寿ちゃんにもう一杯おごっちゃう! おねーさーん!」

「わーい! おねーさーん!」

「それから水蛟様たちの暮らす水江島との交易だ。これは他の国も含めて関谷の船坂が唯一許されていることでね。だからここは藤川様の直轄領でもあるんだけどさ。水江島から定期的に珍しいものが運ばれてくるんだけど火酒もその一つなのさ」
「今まで八岐に会ったことがないって言ってましたけど、交易船の水蛟を見かけたこともなかったんですか?」

「お役人様しか船に近づけないんだよ。こっそり乗り込んでやろうと思ったこともあるんだけど二の足を踏んでたんだよねえ。知ってる? 水蛟様のあの話」

「もしかして雷を落とすってやつですか」
「それ、それだよ! 本当なのかねえ」
「澪に聞いた話だと本当のことらしいですよ」
「マジで!? やっぱり八岐にまつわる言い伝えって正しいものなんだなあ」
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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