第3話2

文字数 1,022文字

「何故そちらから仕掛けてこないのです。私を侮っているのですか」


 言いながら左手で柄側を持ち、右手で刃側を持つ脇構えに変化する。

 切っ先を自分の体で相手の視線から隠しながら天色がジリジリと間合いを詰める。

「……いいえ」
「ならばかかってきなさい」
「わかりました。ではこちらから行かせていただきます」
 刀身がわずかに下がったと思った瞬間に跳ね上がり、深藍が一足で距離を詰める。
「速い!」
「姫様!」
「はあああっ」

 即座に天色も踏み込む。

 構えと手にした武具の特性を考えれば正しい選択だとは思えない。

 脇構えは相手の虚をつくのに適している半面、遠い軌道をとるからだ。

「ほう、考えましたな」

 上段に振りかぶった深藍が兜目掛けて振り下ろす。

 まるでバットでも振るように天色が胴払いを放つ。


「――勝負あり。勝者、天色!」

 澪が宣言した。

 深藍の胴に触れるほどの位置に薙刀が、天色の兜の手前で刀が止められていた。

「やりました! 姫様の勝ちです!」
「むむむ……わずかな差だったが確かに……」
「お、終わったのか? 私の目には同時に見えたのだが……」
「あの脇構えは間合いを悟らせないためではなく握りの位置を変えるのが目的だったわけですな」
「それで胴払いが先に届いたんですね」

 薙刀を短く持つことで振る速度が上がるのを見越して自分からも飛び込んだのか。

 間合いが短くなる分、前に出ないと当てられないもんな。

「勝つための方策を考え、それを実行できるのは素晴らしいですね」
「この模擬戦は姫様にとって価値あるものだったと言うことでしょう」

 機巧武者姿を解いたほの香姫に五十鈴さんが駆け寄っていた。

 操心館の制服をまとうほの香姫の姿も見慣れたものになっている。

「すごいです、すごいですよ、姫様! あの梅園様に勝ちましたよ! 私は絶対に姫様が勝つと信じていました!」
「ありがとう。あなたの声援はわたくしの耳にも届いていましたよ」

 ほの香姫の表情には疲労の色が見えるけど笑顔で五十鈴さんに応じている。


 一方、梅園さんの所には亀井さんと六地蔵さんが駆け寄っていた。


 梅園さん贔屓の亀井さんはわかるとして、六地蔵さんがあちらに向かったのは彼なりの心遣いがあるのだと思う。

 若い人が多い候補生の中で最年長の梅園さんに近い年齢の六地蔵さんは心配りが上手な人だった。


 言葉を二言三言かわすと梅園さんは道場へ向かって歩いていく。

 その足取りはしっかりしていて、僕とやった模擬戦の時とは大違いだ。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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