第9話1 食事処 房島屋

文字数 1,027文字

 浜田屋から少し行った場所に房島屋はあった。
「赤ちょうちんはやっぱり風情があっていいなあ」

「それわかる」


 暖簾をくぐってお店に入ると、もじゃもじゃ頭の男性と地味な格好をした女性がこちらをちらりと見た後、手元に視線を落とした。

 お客さんの数は多くないようだ。

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


「珍しいお酒っていうのはどれだろう」
「清正君、あれじゃない。火酒っていうの」
「じゃあ、それを二つ。紅寿たちも飲みたいものがあったら注文してね」

「……」


「はい!」
「やっぱり港町なら魚だよね。刺身と煮魚をお願いします」
「他はどうしますか」

「とりあえずそれだけで」


「わかりました」


「火酒ってどんなお酒なのかなぁ。もしかして本当に火がついたりして」

「かもしれないね」


「あ、そうだ。お酒を飲む前に、あれを見せてもらってもいいかな」

「あれ?」


「ほら、水縹の勾玉。もしかして持ってきてないの?」
「勾玉ならちゃんとあるよ。ほら」

「ありがとう。こうして勾玉だけを見ると、なんだか少し寂しいよね」


「勾玉単体で見るものじゃないだろうしね」


「濁っているって言われてもよくわからないんだよねぇ。そのせいで機巧姫が動けなくなるっていうのもよくわかんないし」
「そこは専門家にしかわからないものなんじゃないかな。そのために僕たちは須玉匠に会いに行くんでしょ。けど勾玉の濁りってどうやって取るんだろうね」

「お祈りとかじゃないの」


「……?」


 視線を感じたので壁のお品書きを見る振りをして顔を上げる。


「火酒以外のお酒も頼む?」
「あ、いや。とりあえず火酒を試してから考えようか」

「はい、お待たせ。先に火酒を二つね」


 深底のぐい呑みに液体が半分ほど満たされていた。


「それからこれは水ね」


 火酒の入ったぐい呑みよりもずっと大きい湯呑が隣に置かれる。


「なんでお水が?」
「慣れない人が火酒をそのまま飲むとまずむせるからさ。その時に水がないと困るだろう」
「そういえば前に清正君がお酒を飲むときは一緒にお水を飲むといいって言ってたよね」
「あら。お客さんは火酒を飲み慣れているのかい」
「火酒は初めてです。ただお酒にまつわる苦い経験はそれなりにあるので……」

「あははは。面白いことを言うお客さんだ。火酒はそのままよりも水で薄めて飲んだ方がおいしいとあたしは思うんだけどね。物は試しさ、最初はそのままいってみるのもいい。好きにお飲み」


 お姉さんは笑っている。

 その笑いはこれから起こることを予期したものでもあるのだろう。


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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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