第14話1 竜泉寺十水

文字数 820文字

 船坂町を出て中善街道から外れた脇道に入る。


 しばらく無言のまま歩いていると、先頭を行く滝さんの足が止まった。

「ふむ……少し前に誰かが通ったな」
「そういうのってわかるものなのですか」
「この草は夜から朝にかけてよく伸びる草です。それが踏まれているということは誰かがここを通ったことを証明していると判断したのですよ」
 確かに道を覆うように伸びた草の先端を踏んだような跡がある。
「愚かなことよ」

 呟いた滝さんは再び歩き始める。




 少し開けた小高い場所に出るとそこに一軒の庵があった。


 慎ましい外観は茶室を思わせる。

 屋根から煙が立ち上っているから在宅なのは間違いない。

「あれは……?」

 煙は一本だけではなかった。

 庵の前にある黒焦げになったモノからも一筋の煙が立っていたのだ。

「まったく。人間は懲りないですね」
 消し炭の前で滝さんが嘆息している。
「あの、もしかしてそれって……」

 振り返った滝さんは僕を見て、それから空を指差した。

 見上げた空は青く澄んでいる。

「水蛟の〈雷光(らいこう)〉だね。こうなったら〈手当〉ではどうにもできないなぁ」
「これが……」
「たまにあるのですよ。欲に目がくらんだ者の末路です」

 吹き寄せる風が人だったモノを削り取っていく。

 髪も皮膚もボロボロで人相も判然としない状態だ。


 辛うじてわかるのは体格ぐらいか。

 そして恐らくこれは女性だったものだ。

「登竜です。不吹殿を連れてまいりました」
 扉の前で滝さんが声をかけるけど返事はない。
「それでは私はこれで」
「ちょ、ちょっと待ってください。まだ須玉匠を紹介していただいていません」
「大丈夫ですよ。事前に話は通してありますから問題ありません。茅葺という者は物事の道理をよくわきまえています。感謝しておきなさい。間違いなく案内したと三島殿には話しておきます。では」
「……どしようか」
「行くしかないんじゃないかなぁ」
 ため息を一つついて、扉を叩く。
「失礼しまぅ」
 緊張しすぎて噛んだ。
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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