第22話4

文字数 858文字

 主のいなくなった代官屋敷はまるで火が消えたみたいに静かだ。

 部屋の前に片膝をついた片寄さんと外山さんがいる。

「どうされました」
「不吹殿にお願いの儀がございます」
「なんでしょう」
「今すぐにでも三太夫様の仇を討ちたいと存じます」
「それについては先ほど説明した通りです。援軍が来てからにしましょう」
「それでは主の無念を晴らせませぬっ」
「何故そこまで急ぐんですか。どうせなら確実を期した方がいいと思うんですけど」
「ここは船坂町です。ここの代官は三太夫様でした。三太夫様は素晴らしいお方でした。民草を想い、我らを鍛え、養い、導いてくださいました。その三太夫様が殺されてしまったのですっ。その悔しさ、その悲しみ、その怒りは如何ばかりか! 我らは必ず仇を討たねばなりません。それを三太夫様は望まれておられるはずです。ですが、ですが! 他所から来た者の手を借りて仇を討ったとしても三太夫様は喜ばれないでしょうっ。だから我らだけの手で決着をつけたいのです!」

 自分たちだけでという気持ちはわからないでもない。

 でも大切なのは三島さんたちを殺した者を確実に倒すことのはずだ。

 仇討ちを手伝ってもらったとしても結果は同じ。その価値が減るわけでもないだろう。

「気持ちはわかりますが……」
「わかっておられるのならば! 我々だけで片をつけさせてくだされっ。お願いいたします!」

 面子とか体面とか矜持とかそういうものが大切だというのは理解できる。

 それはゲームクリエイターとして僕だって持っているものだからだ。

 ゲームを遊んでくれた人を楽しませる。そこにプライドを持って仕事をしてきた。

「この際ですからはっきり言いますけど、貴方たちだけでは死にますよ」
「それは覚悟の上っ」
「覚悟の上って……死んだら元も子もないじゃないですか」

 日本の歴史においても武士は名誉を殊の外、大切にしていた。

 特に鎌倉時代の武士は名誉が傷つけられたとなれば相手の一族を討ち滅ぼすまで戦ってもいる。

 戦国時代でも家名のために自らの命をなげうつ武士の話には枚挙に暇がない。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色