第6話2

文字数 972文字

「そんなことより船坂へ向かう舟を捜そうよ。急がないと日が暮れちゃうよ。できたら今日中に須玉匠のところに行きたいよね」
「紀美野さんは下りの舟なら見つかりやすいだろうって言ってたけど……」
「あたしがきいてくるじゃん!」
「じゃあ、お願いしようかな。五人を船坂まで運んでくれる舟を捜してきて」
「わかったです! いってきます!」
「みつけてきたです!」
「おお、早かったね」
「こっちじゃん、こっち!」

 翠寿が案内してくれた桟橋には一艘の小舟が繋ぎ止められていた。

 日に焼けて真っ黒な顔をした船頭さんが白い歯を見せて笑う。

「運ぶのは五人だね。では五万圓だ。まずは半額。向こうに着いたら残りを払っとくれ」
「ちょっと清正君。さすがに一人一万圓は高くない?」
「僕が出すから気にしないで。はい、こちらです」
「へい、たしかに」
「なるべく早く船坂に着いてくれると助かるのですが」
「この舟の足は速いから任しとくれ。ほれ、さっさと乗らんかね」

 僕たちが乗り込んだ猪牙船(ちょきぶね)は舳先が尖った細長い小舟だ。

 全長は八メートルぐらいだけど横幅がかなり狭い。二人並んで座ると身動きが取れなくなってしまうほどだ。十人も乗れば一杯になってしまうだろう。

「うごいた!」
「ははは。ほれ、見てみな。この舟は水切りがいいだろう? すいすいと前に進んでいるのがわかるかい。おかげで船足が速いのさ。ま、狭くて小さいから荷物はあまり載らないがね」
「このおふね、だらはやいらぁ!」

 器用に船縁を歩いて舳先に陣取った翠寿は大はしゃぎだった。


 川の流れに乗るとますます小舟は加速していく。

「普段は何を運んでいるのですか」
「船坂で獲れた魚だねえ。帰りはあんたたちのような人だったり食料だったりいろいろさ」
「ねぇ、まっとはやくなる?」
「もちろんだとも。でもお嬢ちゃん、立ったら危ないよお。舟から落ちたらどうすんだい」
「そんなんへいちゃらじゃん!」

 言いながらその場でクルリと回転してみせる。流石は人狼の身体能力だった。


「いい足腰だ。さすがだねえ。それじゃあ、お嬢ちゃんのご希望に応えようかね」
「お、おお思ったより揺れるな……」

 スーッと流れてるか流れてないかのような水面だけど、思っていた以上に流れは急なようだ。

 しかも櫓を漕ぐ度に舟の頭が左右に揺れるからしっかり船縁を掴んでいないと川に落ちそうになる。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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