第13話3

文字数 953文字

 奥山田さんは用意して貰った部屋で横になるとすぐに寝入ってしまった。

 それだけ体力を消耗していたのだろう。

「がふー……ぷひー。ぐごごごごご……ぷひゅー」
「すごいイビキだけど大丈夫なのかな」
「体の方は今日一日無理をしなければ大丈夫だと思うよ。清正君だってそうだったでしょ。でもね、〈手当〉があるからって過信は禁物だよ。怪我なんて本来はしないに越したことはないんだから」

「失礼いたします。竜泉寺殿の庵まで案内をしてくださる滝殿です」

 小袖に羽織袴姿のすらりとした人物だった。

 青黒く長い髪はサラサラと音を立てているかのようで、ファッションモデルをしていると言われても納得してしまうほどの美形だ。


 涼やかな目元がキラリと光る。光を反射したのは鱗らしきものだった。

「この度はお手数をおかけしますがよろしくお願いします。僕は不吹清正と申します」
(たき)登龍(とりゅう)です」
 女性的な外見には似つかわしくはない、低く魅力的な声だった。
「すぐに出発しますか」
「すみません。連れ合いがまだ宿にいまして。合流でき次第になります」
「そうですか」
「滝さんはここでどんなお仕事をされているのですか?」
「水江島と関谷の交易に支障が出ないようにするのが本来の役割です。我々水蛟と人間は価値観がかなり違いますからね」
 そういえば水蛟は面倒くさい人たちだと澪が言ってたな。
「私が今の境遇に陥ったのはあのお方がこの地で暮らし始めたからなのですがね。本当に唯我独尊で……同じ血筋でなければ私がこのようなところで暮らさずにすんだものを……貴方もせいぜい気を付けることです。あの方は水蛟でも特に変わり者ですからね。何が楽しくて人間と同じ土地で暮らしているのか私にはさっぱり理解できません」
 不満たらたらな滝さんの話を聞いていると翠寿が葵を連れて戻ってきた。
「ただいまもどりました! おさけもちゃんともってきただらぁ」
「わざわざありがとうね。これは紅寿に預けるよ」
 真剣な表情で頷き、紅寿は柄樽を受け取った。
「宿の方は何もなかった?」
「はい。道々に翠寿から話は聞いています。主様にこちらをお返ししておきます」
 人刀(じんとう)・獅童を受け取り腰に差す。これを使わないで済めばいいのだけど。
「こちらの準備はできました。須玉匠の所へ行きましょう」
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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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