第25話3

文字数 779文字

「――ふっ」

 突き付けられていた穂先を腰から抜いた獅童で弾き飛ばす。

 その勢いのまま体を回転させ、距離を取りつつ立ち上がって構えた。


 痛みに漏れそうになる声を必死に堪える。

 なんとかして澪と合流しなければ。

「さて、それでは存分に死合いましょうか。心ゆくまで。いっそどちらかが死ぬまででも。我が槍の妙技をとくとご覧あれ」

 こいつと一人で戦うのは無理だ。

 怪我のためばかりではなく、根本的に僕の戦闘経験値が足りていない。

「すううう……ごほっ。ごほごほ」

 助けを呼ぼうとしたら咽た。痛みに顔が歪む。

 これだけ火の粉が舞っている中で大きく息を吸い込めば肺が焼けるのは道理だ。そんなことに思い至れないほど焦っている。

 応援を呼ぶのは諦めた。自力で脱出するしかない。

「ふ、ふうっ、ふう…………つぅ」
 お腹に開けられた穴が痛みを発し、意識の集中を妨げる。
「呼吸が乱れていますよ。戦いにおいて呼吸は大切です。相手の呼吸を制すれば容易く倒せます」
 一直線に向かってくる。
「くう――!」

 首を捻って突きをかわす。

 槍を戻す動きに合わせて前へ出ようとしたけど、足に力が入らずに動けない。

「息が続いていませんよ。だから動けないのです」

 間を置かず空気を穿つような鋭い突きが放たれる。


 上体だけの動きではかわしきれない。

 床に転がって逃げる。

 視界が回る。

 足の裏が床を捕まえた瞬間に横へ跳ぶ。


 追撃の一突きで畳の大半が吹っ飛ばされて、床板が砕かれた。

「思い切りがいい。素質はあるようですね。とはいえ圧倒的に経験が足りていません」
「はっ、はっ、はっ……厳しいご指摘、どうも」
「無駄口を叩けるほど余裕があるとは思えませんが。正中線が見えていますよ」
「くう……おおお!」

 右足を引きながら体を回転させる。

 ほぼ同時に目線、首、腹の高さを槍が通過する。


 回る勢いを殺しきれず、体がふらつく。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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