第10話1 奥山田北洋

文字数 1,014文字

「ああ、ついに八岐と知り合うことができた! 今日は素晴らしい日だ! ところでなにを頼んだの? ほうほう、刺身と煮魚か。わかってないなあ。この店に来たのなら潮汁を頼まないと。塩味が利いてめちゃくちゃ美味いから。おねーさん! ここに潮汁人数分よろしく! あ、いいからいいから。今日は僕がおごっちゃう」
「おごりなろ? やったー!」
「奥山田さんはどうして八岐に対してそんなに興味を持っているんですか」
「だってさ、八岐って言えばかつては神と呼ばれた人たちなんだよ。水蛟様は水と風と雷を操る竜神様だったし鬼は荒ぶる鬼神だった。狼や猿、鹿、狐、馬、猪たち。さらには烏や鶴や鶏はみんな神使(しんし)――神様の使いだ。木霊は山の神の声を伝える巫女様だろ。そんな人たちと仲良くなれたらすごいと思わないかい」
「なるほど……神様の声を伝える巫女……」
 その巫女様は僕の目の前で美味しい美味しいと言いながら水を飲んでいる。
「八岐が優れた力を持っているのは不吹君も知っているだろう。時には荒ぶる自然のようにその力がふるわれることもある。ここ船坂では春先に天気が崩れやすいんだけど、雨が降るのも雷が鳴るのも水蛟様のご機嫌が悪いせいだという言い伝えがあるんだよ。だから八岐を恐れる人の気持ちもわからなくもない。だけど、だ。僕は彼らと友達になりたかった。その気持ち、わかる?」
「なんとなくは。付き合ってみれば普通の人たちですし」
「そうか! やっぱりそうだよな。知り合う前から嫌っていちゃ駄目なんだよ。そうかそうか。不吹君もそう思うか。いや~、君とは初めて会った時から特別なものを感じていたんだ。ほら、飲んで飲んで! 僕のおごりだから!」
「これもおいひいららぁ!」
 翠寿は目を輝かせながら次から次へとおすすめに口を付けていく。
「ここのはどれも美味いけど、なんといっても塩を利かせた料理が一番なのよ。さっきの潮汁も美味かったろ。でも本当に美味いのは他にあるの。魚もいいけど肉の塩加減が絶妙なの! 翠寿ちゃん、これも食べてごらん」
 串に刺さった肉に翠寿は大口を開けてかぶりつく。
「おおおおいひぃぃれふ!」
「だろう! 紅寿ちゃんも食べてね」

 肉汁滴る串を紅寿の前のお皿に置く。

 ちらりと視線を奥山田さんに向け、ぺこりと頭を下げてから紅寿も串にかぶりついた。


 満足いく味だったのか口元が緩んでいる。紅寿のこういう表情は珍しい。


 なお、酔いつぶれた澪は隅で寝息を立てていた。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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