第2話3

文字数 1,194文字

 調練場の模擬戦はまだ続いている。


 派手に攻め立てているのは天色の機巧武者だ。有効打を与えようと右に左に薙刀を振り回す。

 それを深藍は時に下がって、時に刀でいなしている。

 ギリギリでそれができるのは相手の動きがよく見えているからだ。

「おお、おおお! 今のは惜しい! わずかでも踏み込みが深ければ一撃を浴びせていただろう。ほの香様はお強いなあ。こんなに頼もしいことはない」
「い、いや、先ほどの攻撃はどう転がっても当たらぬであろう。体当たりでもする勢いであれば話は別だが、そこまでの踏み込みではなかったからな」
「なるほど。そういうものか。亀井殿は私と違ってよく見えておられる」
「お言葉ではありますが亀井様の評価は先ほどから梅園様贔屓ではありませぬか。よくご覧になってください。どう考えても姫様が押しているでしょう」
「姫様が弱いとは思わぬ。だが梅園様が一枚上手だと言っておるのだ」
 六地蔵さんと五十鈴さんの評価はほの香姫優勢、亀井さんは梅園さんがわずかに上の見解か。
「彼らはまだしばらく候補生ですなぁ」
「六地蔵さん以外は機巧姫がいませんし……今は茅葺(かやぶき)さんの研究に期待したいところですね」

 この世界では機巧姫は限られた相手としか連れ合いになれない。

 それにも拘らず関谷に侵入し暗躍していた日影(ひかげ)たちは初見の機巧姫と共感して機巧武者となってみせた。


 鍵となるのは日影が落としていった数珠のような道具だ。

 質の良い勾玉の欠片で作られた数珠を身につけていればどんな機巧姫とも共感できるらしい。


 それが事実なら人形作りが盛んな関谷は一気に戦力を増強することが可能になる。

「鬼の大平が協力しているというやつですかな」
「ええ。紅樺(べにかば)(きみ)の修理と同時進行ですから時間はかかるかもしれませんけど」
「茅葺様は働きすぎだよ。無理して体を壊したら元も子もないのに……」

「僕たちも砦を守りに行ったり、食料を調達したり、魔物を倒したり、人形修理のための材料を集めに行ったりと色々やっているじゃない。今はどこも人手が足りてないから仕方がないよ」


 本来は仕方がないで片付けられる問題ではない。

 こんな状況を長く続けられないのは当然のことで、このままだと遠からず破綻するのは目に見えている。

 だから無理が利いている間に事態を改善する必要があった。

「とにかく戦力を揃えないとね。ほの香姫が機巧操士だったのは本当に助かるよ」
「そうだね。私も水縹(みずはなだ)がいてくれたらきっと……」

 澪が所有する水縹の君は勾玉に不具合があって動けないでいる。

 茅葺さんの話によると、この修理は勾玉の専門家である須玉匠(すだまのたくみ)にしかできないそうだ。


 幸いなことに関谷には腕のいい須玉匠が住んでいる。

 生憎と半月ほど出かけているという手紙が茅葺さんのところに届いていたけど、そろそろ戻っている頃合いだ。

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登場人物紹介

不吹清正(ふぶき・きよまさ)

本作の主人公で元の世界ではゲームクリエイターをしていたが、自分の作ったゲームによく似た世界へ微妙に若返りつつ転移してしまう。

好奇心旺盛な性格で行動より思考を優先するタイプ。

連れ合いの機巧姫は葵の君。

葵の君(あおいのきみ)

主人公の連れ合い(パートナー)である機巧姫。髪の色が銘と同じ葵色で胸の真ん中に同色の勾玉が埋め込まれている。

人形としては最上位の存在で、外見や行動など、ほとんど人間と変わりがない。

主人公のことを第一に考え、そのために行動をする。

淡渕澪(あわぶち・みお)

関谷国の藤川家に仕える知行三百石持ちの侍で操心館に所属する候補生の一人。水縹の君を所有しているが連れ合いとして認められてはいない。

人とは異なる八岐と呼ばれる種族の一つ、木霊に連なっており、癒しの術を得意とする。また動物や植物ともある程度の意思疎通ができる。

紅寿(こうじゅ)

澪に仕える忍びで、八岐に連なる人狼の少女。オオカミによく似たケモノ耳と尻尾を有している。

人狼の身体能力は鬼と並ぶほど高く、その中でも敏捷性は特に優れている。忍びとしても有能。

現在は言葉を話せないもよう。

翠寿(すいじゅ)

澪に仕える忍びで、紅寿の妹。人狼特有のケモノ耳と尻尾を有する。

幼いながらも誰かに仕えて職務を果たしたいという心根を持つがいろいろと未熟。

大平不動(おおひら・ふどう)

操心館に所属する候補生の一人で八岐の鬼の一族に連なる。

八岐の中でも鬼は特に身体能力に優れており、戦うことを至上の喜びとしている。不動にもその傾向があり、強くなるために自己研鑽を怠らない。

直情的で考えるより先に体が動くタイプで、自分より強いと認めた相手に敬意を払う素直さを持つ。

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